21 踏み切れない想い

「あぁ、美味しい!」


 昨日からの緊張が、キンと冷えたチューハイに解けていく。

 京子は泣きたくなる気持ちを抑えて、唇を缶に押し付けた。


「昨日は飲まなかったんですか?」

「飲んだよ。いつもの店に行ったの。なのに全然酔えなくて……私、他のキーダーの事って知らない事の方が多いんだなぁって思った」


 昨日、佳祐けいすけに話を聞いた時の衝動が込み上げて、京子はぶら下がる様にフェンスへ身体を預けた。夜風に晒された鉄がひんやりと冷たい。


「佳祐さん、事故で妹さんを亡くしてるんだって」


 家族を亡くしたという事実は、桃也とうやにせよ京子にせよ、とりわけ珍しい話ではない気もする。けれどその話をした時に零した佳祐の寂しげな声が耳から離れず、聞かなければ良かったと後悔した。


「それで朝からそんな顔してたんですか」

「そんな顔って」


 覗き込んでくる綾斗から顔を逸らして、京子はムッと唇をつぐむ。 


「京子さんの事だって、俺は知らない事ばかりですよ?」

「そう……かな? けど私も綾斗の事詳しくは知らないか。こんなにいつも話してるのにね。福井出身ていう事くらい?」

「覚えてました?」

東尋坊とうじんぼうがあるんでしょ? この間朱羽あげはと恋歌に行った時、そこのスケッチを見たんだ。怖そうだったよ」

「機会があれば案内しますよ」

「楽しみにしてる。そうだ、綾斗は兄弟居るの? 話したくないなら言わなくていいけど……」


 また自己嫌悪に陥りそうな気がして、京子は慌てて手を振った。

 少しアルコールが効いてきて、オーバーリアクション気味になってしまう。


「別に隠す事もないですよ。二つ上の兄と、中学生の双子の妹が──」

「えっ、そんなに?」

「四人兄妹なんて、向こうだとそんなに驚く事じゃないんです」

「へぇぇ。そうなんだ」


 京子は実家に居た頃を思い返してみるが、三人は結構いたものの、それを超える人数の兄弟がいる知人は一人しか思い出せなかった。


「それより」


 綾斗がゆっくりとチューハイを飲んで、そう切り出したまま黙った。

 沈黙が長引いて京子が「綾斗?」と見上げると、彼は「はい」と少し諦めたように目を細める。


桃也とうやさんにサードから声掛けが来てるって話を聞きました。京子さんはどうするんですか?」

「綾斗も知ってたんだ。誰に聞いたの?」

「内緒です」


 見守るような綾斗の視線に、京子はぎゅっと唇を噛んだ。彼の前でその話をしたら、泣いてしまいそうな気がしたからだ。

 必死に衝動を堪えて、京子は「分かんないよ」と首を振る。


「私は、もっと側に居たいって言ったんだけど……」


 あれからまた色々あって、自分でも良く分からなくなっていた。


「それで良かったのかな……一緒になる事はゴールだと思ってたのに、会えなかった時間が長すぎて、その目標だけが独り歩きしてる気がする。ムキになって空回りしちゃってるんじゃないかって」


 桃也に『俺に任せて』と言われたこと。

 駅で出会った忍に『やめた方が……』と言われたこと。

 そして、長官の誠に『桃也君の所に行っても構わない』と言われて、断ってしまったこと。


 ──『ただ──アイツを、キーダーのままで居させてやって欲しい』


 それぞれの言葉が絡まって、きちんと一つの答えを導き出してはくれない。


 ──『全てを捨ててまで彼と居たいなら、行くべきだと思う』


「自分の気持ちに素直になれてるのか、意地張ってるのか分からなくて」

「側に居たいって言ったのがその時の気持ちなら、後悔なんてしなくていいと思いますよ」

「けどね綾斗、私はこの仕事が好きなんだよ。だから迷ってるの」

「──そうなんですか」

 

 驚いたように眉を上げて、綾斗がそっと微笑んだ。


 彼にこんな話をしていいのかとも思う。いつも相談相手として返事をくれる綾斗は、今何を考えているのだろうか。

 彼の気持ちをきちんと聞いたことはないけれど、今こうして桃也の話をする事に少しだけ胸が痛む。


 「ありがとね」と京子は残りのチューハイを飲み干した。


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