18 聞きたくなかった事実

 佳祐けいすけの定期報告が終わり、京子は私服に着替えて彼の泊まるホテルへ同行した。

 ロビーで待っていると、ものの五分で彼はエレベーターから姿を現す。


 海が見たいと言われて、少し離れた海岸へ向かった。

 東京の外れにあるその場所は、佳祐にとって馴染みの場所だという。九州出身で今もそこに住んでいる彼だが、十五歳でアルガスに入ってからの四年間を同期の三人と共に本部で過ごしたのだ。


「福岡も海が近いですよね。向こうとこっちじゃ違いますか?」


 京子はここに来るのが初めてだった。夕暮れの赤暗い海は、人気もなく少し寂しい。

 潮風に髪を押さえながら、京子は水平線に目を細める佳祐に尋ねた。


「ここは特別なんだよ。俺の行ってた学校が近くてな、あの三人とも良く来てたんだ」


 「変わらねぇな」と佳祐が表情を緩める。


ひさのヤロウが良く海に向かって、俺らの悪口叫んでんだよ。丸聞こえだってぇのに独り言だとかぬかしやがって。無礼講もなにもあったもんじゃねぇぜ」

「久志さんらしい。けど、ここってアルガスからはちょっと遠いですよね」

「俺はお前等みたいに頭良くねぇんだよ。こっちの学校なんて知らねぇから、適当に入れそうなところを選んで貰ったんだ。電車に乗るのは嫌いじゃねぇしな」

「私も東黄とうおうには通ってたけど、勉強好きだったわけじゃないですよ。そのまま大学に上がるのが嫌で、別の短大に行ったし」


 京子を含めて、生まれながらのキーダーは十五歳からの訓練期間に本部から程近い東黄学園に通う事が多い。偏差値の高い高校だが、多額の養育費を使ってそれなりに勉強させられてきた賜物だ。


「けど、移動が長いのは気分転換になるかも」

「だろ? 久のヤロウなんて遠いからとか言って、朝の訓練サボってたからな」


 因みに久志は、郊外の工業高校に通っていた。彼の師匠である藤田の母校らしい。


 ザンと鳴る波の上を滑るように、夜の冷たい風が吹いている。

 少しずつ身体が冷えてきて京子が短くくしゃみすると、佳祐が自分のジャケットを脱いで京子の肩に掛けた。


「着てろ」

「佳祐さんが風邪ひいちゃいますよ」

「俺は平気だ。鍛え方が違うんだよ」


 皮の匂いと体温の温もりに、京子は「ありがとうございます」と前をぎゅっと閉じた。

 少しずつ増える町明かりを横目に、佳祐が京子に向き合う。


「なぁ京子。お前にとって俺はどんな奴だ?」


 佳祐は優しい人だ。何も考えなくても、その言葉だけはすぐに出てくる。


「えっと……カステラの人かな」

「はぁ? 何だそりゃ。土産持ってくるからって?」

「すみません、冗談……ではないけど。最初会った時のこと覚えてます? 私の初出張が福岡で、仕事で失敗して凹んでた時、食堂で佳祐さんがカステラ食べさせてくれたんですよ。佳祐さんって見た感じちょっと怖いところあるけど、嬉しかったなぁって」

「……そんな事もあったな」


 佳祐は鼻を鳴らすように笑う。


「だから私にはやさしいお兄ちゃんです」

「お兄ちゃん……ね。お前も俺にとっちゃ妹みたいなもんか」

「私、一人っ子だから兄弟居る友達が羨ましかったな。佳祐さんは居ます?」

「あぁ。妹がな」


 他のキーダーにもあまり家族構成を聞いたことはないが、佳祐に妹が居る事も初耳だった。


「やっぱりイメージ通り。佳祐さんて福岡出身ですよね、妹さんも近くに住んでるんですか?」

「……いや」


 数秒置いた返事が困惑を含む。

 聞いてはいけない事なのだろうか。京子のそんな不安に追い打ちをかけるように、佳祐はその事実を口にした。


「事故で死んじまったんだよ。だから今は俺一人なんだ」



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