17 西から来た男

 そして五日後の木曜日になって、九州支部所属のキーダー・一條佳祐けいすけが本部にやってきた。

 『定期報告』と言うキーダーにとって全くやる気の起きない仕事の為だが、ついでだからと都内のホテルに一泊していくらしい。

 そんな彼の予定を事務所で聞いて、京子は「やった」と久しぶりの再会にテンションを上げながら到着を待った。


 学生組の居ない平日の昼間に、本部のキーダーは京子だけだ。


「佳祐さん!」


 空港へ迎えに行った施設員の車で本部入りした佳祐は、後部座席を降りるなり京子を見つけて「よぉ」と笑顔を見せる。

 ダークグレーのシャツに茶色い皮のジャケットを羽織った私服姿だ。制服の入った衣装袋を肩に担いで、車のリアから小さいボストンバッグを取り出す。


「久しぶりだな。夏に頭打ったって聞いて心配したんだぞ。具合はどうだ? もういいのか?」

「ありがとうございます、すっかり治ってますよ」

「なら良い。無茶ばっかするんじゃねぇぞ」


 佳祐は犬か猫でもでるように、京子の頭を厚みのある大きな手でぐしゃぐしゃっと撫でた。


「これ、みんなで食えよ」

「やったぁ」


 会う時にいつも持って来てくれる、定番のカステラだ。今回は仕事で来たという理由からか、渡された黄色の紙袋には箱がいくつも入っている。


 見上げる程大きな彼に「ご馳走様です」と礼を言った。

 桃也とうややマサよりも背が高く大柄な彼は、壁のような男だ。ワックスで固めた短い前髪が、いつも通りピンと上を向いている。


「なぁ京子、今日仕事終わったらメシ付き合えよ」

「私……だけってことですか?」

「あぁ。でぇとだ」


 それが恋愛感情を含まないものだという事は分かっている。

 今日はみんなを誘って食事をと考えていたが、突然の誘いに少しだけ戸惑いながら「分かりました」と返事した。


「抜け駆け、ですね」

「そんなんじゃねぇよ。うるせぇのが苦手なだけだ」

「知ってます」


 彼が一人で居ることを好むことも、下戸げこなことも知っている。


「じゃあ、パーッとラーメンでも食べに行きましょう」


 そしてラーメンが好きなことも知っている。

 彼は一人っ子の京子にとって、兄のような存在だった。




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