16 聞き覚えのある別れ

 医務室に来て、颯太そうたに相談を持ち掛けようとしたわけじゃない。

 ただ何となく話しても良いと思えたのは、彼が元能力者トールで、今の京子の悩みからは第三者の立ち位置に居るからだ。

 色々と事情を知る大人の彼は、吐き出す相手として打ってつけの相手だった。


 出された胃薬を飲みながらそんな話をすると、颯太は「何言ってんの」と眉をしかめる。


「俺が第三者だって? こう見えても一応フリーなんだぜ?」

「あ……すみません」

「オッサンだから仕方ねぇけどさ。そっか、彼氏の事で悩んでたんだ。桃也とうやの事はあんま知らねぇけど、スピード出世してるってのは聞いてる」


 長官の件は伏せて、彼に昨日までのことを話した。もうアルガス内部では知れ渡ってしまったサードへの異動と、京子の不安だ。


「私、どうしたらいいと思いますか?」

「仕事ができるのと、女を満足させられるかってのは別だ。そういや昔、同じような事を俺に相談してきた人がいたっけな」

「へぇ。颯太さんて信頼されてるんですね」

「どうだろ。たまたま側に居たからじゃねぇの? たいして話もしたことない相手だったし」


 「聞きたい?」と顔を寄せて来る颯太に心拍数を狂わせながら、京子は「はい」と頷いた。


「昔の事だぜ? 俺がまだ銀環ぎんかんしてここに居た時だ。隕石事件のすぐ後な」


 「へぇ」と頷いた声にまた胃が痛んで、京子はソファに座ったままうずくまるように背を丸めた。


「無理するなよ。どうせ休みなんだろうから寝ていくと良いぜ。胃痛は温めるのと少し横向いて寝てるのが一番だからな。話はしてやるからさ」

「……はい」


 言われるままベッドに入ると、やさしい匂いがした。颯太が晴れた日に屋上で布団を干しているのを何度か見掛けたことがある。

 京子は片耳をぴったりと枕に沈めながら、椅子を寄せてきた颯太を見上げた。


 元キーダーの彼は、隕石落下からのアルガス解放でトールになる選択をした。何の因果いんがか甥の修司が能力を持って生まれ、ここに戻ってくることになったが、彼は今の状況を満足だと言う。


「人生なんて何が起きるか分からねぇよなぁ。アルガス解放でトールなんて選択肢を初めて知らされて、悩んでた奴も多かった。それまで悪魔だなんだって好き勝手言われた俺たちが、外の世界でどんな目で見られるかなんて想像もできなかったからな」

「その頃のアルガスにも色んな人が居たんですか?」

「いたいた。癖のある奴が多かったんじゃねぇかな。けどあの時ここに残った奴らも、全員が現役って訳じゃないんだなと思ってさ」

「颯太さんはトールになって後悔してませんか?」

「してねぇよ」


 颯太は長い足を組み替えて、呆れたように笑った。


「俺に相談してきたキーダーは、アルガスに恋人がいたんだ。ノーマルの施設員で、綺麗な人だった。あの人は外に出ることを希望してたけど、彼女を道連れにするのを躊躇ためらってな」

「……ん?」

「何だ?」

「あ、いえ。続けて下さい」


 どこかで聞いたことがある話のような気がして、思わず声が漏れた。けれど胃痛が邪魔してすぐに思い出すことができず、京子は眉間にシワを寄せたまま話の続きに耳を傾ける。


「連れてくか置いていくかってのを俺に聞いてきたんだよ。まぁ、あの人にとっちゃただの雑談に過ぎなかったのかもしれないけどな」

「それで、颯太さんは何て……?」

「思った通りに言ったよ。全力で守る覚悟がないなら、置いていった方がいいってな」


 そこまで聞いて、ハッキリと分かった。


「ハナさんと、浩一郎さんの事ですね」

「知ってたのか」


 颯太は緩く笑んで「そうだよ」と京子の腹部を毛布の上からそっと撫でた。

 後に彰人あきひとの父親になり、アルガス襲撃の主犯格となった浩一郎が、恋人のハナを置いて解放とともにアルガスを出た。その後ハナは大舎卿だいしゃきょうと結婚したのだ。

 ハナが浩一郎をずっと思っていたんじゃないかと大舎卿がこぼしたのは、つい二、三年前の事だ。


「結局浩一郎さんは1人でここを出たけど、それが良かったのかどうか俺には分からねぇ。そんな俺のアドバイスをどう捉えるのかは京子ちゃん次第だけど、同じことを言うぜ?」

「……はい」

「全てを捨ててまで彼と居たいなら、行くべきだと思う。けど、少しでも踏み止まる理由があるなら、行かない方がいい」


 はっきりと颯太は言って、似た言葉を繰り返した。


「アルガスへの憎悪や未練を捨てて純粋に彼女と居る事を選ぶなら、連れて行くべきだと思う。けど、そうじゃないなら一人で行くのを勧めます……ってな」

「ハナさんは大舎卿と一緒になって、幸せそうでしたよ」

「そうか、なら良かった」


 大舎卿にも京子は同じことを言った。

 だから多分、颯太が浩一郎に言った言葉は正しかったんだろうと京子は思った。



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