4 やって来る2人

「京子さぁん!」


 アルガスの入口に立つ護兵ごへいに挨拶して建物の中へ入った所で、美弦みつるの声が頭上から降って来る。

 そういえば今日は体育祭の振り替えで学校が休みらしい。


 訓練は夕方でいいよと言ったものの、自主練をするのだと張り切っていた彼女は、細いツインテールを揺らしながら制服姿で階段を降りてきた。

 額の汗をフワフワの白いタオルで拭い、「お疲れ様です」と笑顔を広げる。


「美弦もお疲れ様」

「はい。午後は京子さんも付き合って下さいね」

「勿論」

「ところで、桃也とうやさんのこと聞きました?」

「桃也に何かあったの?」


 良くない噂かと眉をひそめる京子に、美弦は「そういうのじゃないですよ」と前置きして、


「今週末、仕事で桃也さんが本部に来る事になったってマサさんから連絡があって」

「そうなんだ。聞いてないけど」


 京子はスマホを確認するが、本人からの連絡は入っていない。


「急な事なんだと思います。午後だけらしいので」

「分かった。教えてくれてありがとね」


 以前なら、美弦は桃也の帰還をまるで自分のことのように喜んでくれた。けれど今は、少しだけ気を遣わせてしまっている。


「そうだ、綾斗あやと上に居る?」

「はい。食堂が空くまでレポート書くって言ってましたよ」

「了解」


 京子は「また後で」と先に階段を上った。

 桃也が来ると聞いて、ドキドキした心臓が治まってくれない。

 前回会ったのは一月前だ。彼がこんな短いスパンで帰ってくる──仕事だからと分かっても嬉しかった。


「けど……」


 今度こそ話をしなければならないのかと、そればかり考えてしまう。

 桃也のサード行きは、もう答えを出す時期だろう。

 彼を応援したい、そして一緒に居たいと考えれば、さっき立てたばかりの『飛び乗り大作戦』を決行すべき時なのかもしれない。


「お疲れ様です」


 デスクルームへ入る京子を、綾斗が作業の手を止めて迎えた。

 本部に在籍するキーダーの数だけ机が並ぶ部屋だ。

 他にメンバーの姿はなく、京子は彼の向かいにある自分の席に腰を下ろした。神社からずっと握り締めていた白い袋を引き出しへしまう。


「お守りですか?」

「うん。さっきちょっと寄ったら設楽したらさんに勧められちゃって。桃也にって思ったんだけど……」

「あぁ──」


 綾斗が短くそう呟いて、少しだけ沈黙が起きた。困惑を垣間見せ、彼はすぐに会話を繋ぐ。


「病院はどうでした?」

「うん、もう大丈夫だって。綾斗には色々心配掛けちゃってごめんね」

「もっと掛けてくれて構わないんですよ?」

「そんなに怪我ばっかしてたら、私の身体が持たないよ」

「京子さんが元気なのが一番ですけどね」


 そう言って綾斗は再びパソコンのキーボードを鳴らした。


「ねぇ綾斗、今度の土曜日って私オフだよね? 来週の予定ってどうなってる? 出張とか打ち合わせ入ったりしてない?」

「京子さんですか? 土曜は休みですよ。桃也さんの事は聞きましたか?」

「うん、さっき美弦に教えて貰った」


 綾斗はブックエンドに立て掛けてあるオレンジ色のファイルを引き出した。中の用紙に指を這わせて「大丈夫です」と頷く。

 キーダーのスケジュールや体調管理をマサから引き継いで、今は綾斗がその業務を受け持っていた。


「出張や打ち合わせは特にないですね。けど、来週の木曜に佳祐さんも本部に来る予定になってます」

「佳祐さん? 珍しいね」

「定期報告らしいです」

「そんな時期か」


 年に一度ある『意見交換』という名の新年会とは別に、各支部に所属のキーダーは二年に一度本部を訪れる決まりがある。

 春に横浜で起きた戦闘の時に佳祐は応援に来てくれたが、あっという間に帰ってしまい殆ど話すことができなかった。


 佳祐に会いたいとは思うけれど、それは桃也が帰った後の話だ。

 もし彼の元へ行ってしまったら……


「来週の木曜か」


 もし桃也の戻る電車かヘリに飛び乗って後悔しても、後の仕事が詰まっていなければさほど迷惑を掛けずに戻ってくることは可能だ。


 戻る場所を確保する事は、朱羽の言う『覚悟』には程遠いのかもしれないけれど。

 京子にとって一世一代の行動を起こすには、それくらいの準備が必要だった。











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