3 応援の印

 その気になったら、見送りの時に電車でもヘリにでも飛び乗ってしまえば──桃也とうやと一緒に居るための手段だと意気込んでみたものの、店を出て朱羽あげはと別れた途端、その勢いは半減してしまった。


「飛び乗り大作戦……か」


 朱羽の提案した作戦名だ。

 やりたいと思う気持ちの裏で、決意を固めることができない自分が居る。優柔不断さに肩を落として、京子はアルガスとは逆の道へ逸れた。


 まだ少し時間があって、暇潰しのつもりで近くの眞田さなだ神社に入る。一礼して鳥居を潜ると、紅葉し始めの銀杏が少しずつ秋の色を境内に広げていた。

 工場地帯にある小さな神社だが、最近は土日になると七五三の装いをした家族連れを見掛けることもあった。

 流石に月曜の今日は誰も居ないけれど、都会でありながらのんびりとしたその空間に京子はそっと目を閉じる。

 風に揺れる木々の音に、遠くで響く機械工場の音。そこにゆったりとした足音が混じって、京子は瞬きするように目を開いた。


「こんにちは、京子ちゃん」


 背中からの声に、相手を察する。


「こんにちは設楽したらさん。お出掛けですか?」

「うん、ちょっとそこまでね。会うの久しぶりじゃない? 顔見れて嬉しいよ」


 神主の設楽は、紫色の袴姿で青い花模様の風呂敷包みを胸の前に抱えていた。

 四十を過ぎたばかりの彼は町内会の仕事もしていて、アルガスに来ることも多い。そのせいで京子とは顔馴染みだ。


「今日午後から仕事だったんですけど、まだ時間あるんで寄り道です」

「そっか。何か悩み事でもあるなら、祈祷してあげようか?」

「え? いえ、そこまでは……」

「だったら、お勧めのお札やお守りもあるよ?」


 笑顔であれこれと勧めて来る彼に、京子は戸惑って首を捻る。


「悩み……あるように見えますか?」

「うん、そんな顔してる。違った?」


 京子はふるふると首を振った。


「当たりです。けど、願掛けとか考えてなかったな」

「そんなに難しく考えなくていいよ。神様にお願いしたからって、絶対に叶うものじゃないしね」

「設楽さんがそれ言っちゃうんですか?」

「そういうものでしょ? 僕の仕事は、ここに来てくれた人の願いが少しでもうまい方向に行くようお手伝いさせてもらう事だと思ってる。誰かの心が少しでも軽くなるようにね」

「心が少しでも軽くなるように……」

「恋の悩みなら、恋愛成就かな?」

「恋愛……なのかな。どっちかというと、合格祈願──違うか。何だろう」


 朱羽と話している時は桃也の側に居る事ばかり考えていたが、優先させるべきところはそこではない気がする。


「誰かの応援がしたいの?」

「そう、それです! 私、彼の夢を応援したくて」


 彼の背中を押してあげたい。

 桃也が監察員になった時もそうだった。あの頃はまだ京子の方が上の立場だったが、彼はいつの間にか京子の手が届かない場所に居て、今度は更に上へ行こうとしている。


「じゃあ、大願成就のお守りを渡してあげるといいよ。ウチのは効くよ」


 にっこりとした笑顔で社務所に案内され、勧められるままにお守りを買った。


 帰り際、京子は自分の銀環に触れる。体温で温くなった金属の感触は、京子にとって体の一部のようなものだ。


 生まれてすぐに付けられて、死ぬまで外さないものだと思っていた。

 桃也と一緒に居るために何かを諦めるなら、それをするのは自分だと思う。

 けれど──





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