78 終わることのできない衝動

「俺はただ仕事をしているだけです」


 薬の影響か、余裕のセリフとは裏腹に銀次ぎんじの顔は青ざめていた。


「大分リスクの高いお仕事みたいね。解毒剤があるなら早めに飲んだ方が良いんじゃないかしら」

「余計なアドバイスはいりませんから」


 脚の怪我はそれ程でもないようだが、銀次の手が震えているように見える。

 戦闘どころの話ではない気がして、龍之介は「もうやめろよ」と彼をなだめた。


「俺はやめないよ。後戻りなんてできないだろ?」


 けれどまだ戦う意思があるらしい。

 静かに笑う銀次から顔を逸らして、朱羽あげはが再びアルガスの方向を見上げる。

 炎の勢いが少し弱まったように見えた。


「さっきの気配、修司くんも気付いた?」

「はい。けど、すぐに止みましたよね? あれって綾斗あやとさんなんですか?」

「怪我してる二人を戦いに出す程、シェイラに力はないと思うの。それ以外の能力者は綾斗くんしかいないものね。けどあれだけの力を出せるなんて、彼やっぱり……」

「どうしたんですか?」


 朱羽が一瞬黙って、何か考えているようだった。

 炎と共にアルガスの方角へ立ち上った気配は、朱羽から見ても大きかったようだ。


「昔の報告書にね、綾斗くんが彰人あきひとくんのお父さんと戦ったって書いてあって、ちょっと引っ掛かってたのよ。もちろん彼はその時やられてるし、本人もまぐれだって言ってたけど」

「彰人さんの? それって襲撃事件の事ですか?」

「そう。まぁ、今は彼の『まぐれ』を信じましょう」


 状況を確認し合うキーダーの二人に苛立ったガイアが、「オイ」と話を割るように声を荒げる。


銀環ぎんかん付きが余裕かましてんじゃねぇよ」

「貴方だって本気じゃないじゃない」


 ガイアと朱羽は、ずっと戦っていた割にノーダメージに近い。お互いが手を抜いていたのではと疑ってしまう程だ。

 ガイアは黙って朱羽を睨んだが、やがて竿の先を地面へ落とす。


「……もう終わりかな」

「そうね。勝敗は分からないけど。私たちがここで戦っても何の意味もない。ただシェイラが向こうで戦うための時間稼ぎにしかならないんだから」


 ガイアの悄然しょうぜんとした声に、朱羽は不満気に苦笑する。


「終わり……なんですか?」

「戦闘の気配が止んだから。向こうが終わればこっちもおしまい。彼女は最初から自分でウィルの仇を取るつもりだったんじゃないかしら」


 ガイアではキーダーに敵わないとシェイラが言っていた。けれどノーマルの彼女が一人であの門を超えた想いに、龍之介は驚愕する。


 結果なんて最初から見えていたのかもしれない。

 朱羽は答えを求めるように、彼女なりの考察をガイアへ向けた。


「私をここへ呼び出したのは、怪我人を抱えたアルガスを更に手薄にするための手段よ。こんな炎で演出したのかもしれないけど、昼間戦った時とは全然違った──貴方にヤル気が見えないもの」

「そりゃアンタもだろ?」

「本気じゃない相手に本気になっても無駄なのよ。もう終わりにしましょう? そんな戦い方じゃ私を倒すことなんてできないわよ」

「とんだ茶番だな」


 朱羽はガイアの右腕を掴み、ポケットから銀色の環を取り出した。

 手錠をかける警察官よろしくガイアの手首に引っ掛けると、両手で乱暴に包み込む。

 ガイアは一瞬強い目で抵抗を見せるが、急に大人しくなって唇を結んだ。


「観念したの?」

「……シェイラの気が済めば、俺は用済みだ。たとえ負けてもあいつにとっちゃ本望だろうよ」


 溢れ出た白い光にガイアは目を閉じる。

 シェイラを想う彼の気持ちを苦しく思って、龍之介は自分の胸を押さえた。

 シェイラは今、アルガスで何を考えているのだろうか。彼女なりの抵抗に終止符を打たれて、それでもウィルを想うのか。


 朱羽がガイアから両手を解き、じっと立ち尽くす銀次へ身体を向けた。


「それで、貴方はまだ戦うつもり? 向こうの気配が止んでいるのは、貴方も感じているんでしょう?」

「それでもこの沸き上がる力を、むざむざと垂れ流すなんてできませんよ」


 薬を飲んだ銀次は、ガイアとは事情が異なる。

 能力を得た彼は、まだ戦いをやめようとしなかった。人差し指の腹でズレた眼鏡を直し、銀次は腰の横で拳を握り締める。


「この身体と力の、どちらかが先に消える前に、俺は……」


 銀次は、自分の中に何かを感じているのかもしれない。それは彼にとってあまり良くない事だと、龍之介は思う。

 全員の視線が銀次に向いたところで、修司が「あの」と小さく挙手した。


「ちょっといいですか」

「どうしたの? 修司くん」


 修司は首を傾げる朱羽に軽く頭を下げて、銀次を振り返く。

  

「お前、そんなに戦いたいなら龍之介と戦ってみないか?」

「へ?」


 突然の提案に、龍之介は目を見開いた。



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