77 風向きの変わる合図

 アルガスの方角に立ち上る炎が気になるが、実際はこちらの被害の方が数倍も規模が大きいように見える。

 今焼けているのは、メインとも言える二つの大きな倉庫だ。

 これ以上の延焼は避けたいが、そろそろ限界を思わせる程に炎は勢いを増していた。


 熱風が吹き付ける中、再び銀次ぎんじと修司の戦いが始まる。

 銀次の手からは確かにキーダーのそれと同じ光が出ていた。キーダーになりたての修司と、ほぼ互角だ。彼は本当に能力者になってしまったのだろうか。


「お前どんな薬飲んだんだよ。ちょっと驚きなんだけど?」

「錠剤ですよ、ほんの小さなものを一錠だけ」


 親指と人差し指で小さな隙間を作って見せた銀次に、修司は「それだけ?」と仰天する。

 この世に能力を得られる薬があるのなら、それを作った人間が存在する筈だ。ずっと三人だと思っていた敵が、急に組織的なものに感じて、龍之介は恐怖を覚える。


 修司の構える趙馬刀ちょうばとうの刃は、最初に見たよりも大分小振りに見えた。細く長かったはずの刃が、短剣のように短い。

 趙馬刀の刃は、生成した本人の体力やら能力に比例するものなのだろうか。

 昼間からずっと緊張状態の修司は、慣れない戦闘に疲労が増している筈だ。


「だとしたら、マズいんじゃないのか?」


 龍之介は掌の汗をさすまたの柄に握り締め、二人の戦いを見守った。


 一つ、二つと連続で修司が光を投げつけると、三つ目が銀次の太腿をかすめる。片足を軸にフラリとよろめいた銀次に修司は「よし」と目を光らせ、四つ目を飛ばした。

 けれどそれは弾かれてしまう。


「アンタ本当に初めて? 武道か何かやってたの?」

「体育の授業で剣道をかじった程度です」

「体育かよ」

 

 慣れているとまでは言わないけれど、龍之介の素人目でも銀次が苦戦しているようには見えなかった。勉強どころか運動神経も群を抜いたパラメーターの高さは、女子の興味を引き付けるだけのものではないようだ。


「それでも俺が今使える力は、バスクのほんの数分の一。それって銀環ぎんかんをしたキーダーと同じってことですよね」


 能力者の持つ力は未知数だ。

 使う本人の制御できる範疇はんちゅうを超えて、大暴走を起こす可能性があるという。それを防ぐ為に、キーダーは銀環で力を抑制されている。


「対等だって言いたいのか。けど、そんな身体でどうやって戦う? ここでやめてもいいんだぜ?」

「こんな怪我、大したことないですよ」

「怪我だけのことを言ってんじゃねぇよ」


 薬の副作用が消えたとは思えないが、銀次は言葉通り本気モードだ。

 引きずった脚で体制を整え、空の手を修司へ向ける。


「やらせるか!」


 銀次の掌から光が放射状に広がった。

 対する修司は迎撃に趙馬刀を構えるが、光は彼の手中でみるみると光を失っていく。


「ちょっ、何で?」


 それは彼の意思によるものかと思ったが、そうじゃない。

 修司は慌てて攻撃を横に逃れた。


 龍之介の悪い予感が的中する。

 修司の疲労に形を保てなくなった刀が、光を失って柄の状態に戻ってしまった。

 動揺する修司を狙って、銀次は「らっきぃ」と光の球で追撃する。


「やめろ、銀次!」


 龍之介の叫びに答えるように、今度は海側から小さな風の音が届いた。

 炎の向こう側に起きた変化に、戦闘中の二人はすぐに気付かない。


 風向きの変わる合図だ。

 龍之介が音の方を振り向くと、炎の壁の中心を白い光が高速で射貫いた。


 光は銀次の攻撃を衝突の寸前で真っ二つに破裂させる。

 割れた炎の向こうに現れた待望の彼女に、龍之介と修司は声を揃えた。


「朱羽さん!!」

「まさかとは思ったけど、間に合って良かったわ」


 ヒロインの登場だ。

 「舐めるなよ!」と後を追ってきたガイアの攻撃を高い跳躍ちょうやくでかわした朱羽は、修司と龍之介の無事を確認してホッと表情を緩めた。


「朱羽さん、アルガスにシェイラが!」

「えぇ。ちょっとハメられたわね」


 この戦場がサブである事実に、彼女も気付いている。

 遠くの炎を仰いでニコリと笑むと、朱羽は静かに立ち尽くす銀次を振り向いた。


「銀次くん、うちの子たちを傷つけないでくれる?」

「傷つけようなんて思っていませんよ。俺はただ仕事してるだけです」

 

 薬の影響か、余裕のセリフとは裏腹に銀次の顔は青ざめていた。


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