76 メインとサブ

「コイツの言ってる事マジだぜ? 力の気配をさせてやがる」


 銀次ぎんじを睨む修司しゅうじの横顔が強張こわばっている。

 能力者同士は、お互いの気配を感じ取ることができるという。

 銀次は胸を押さえていた手を放して、痛みを逃すように大きく息を吐き出した。


「貴方たちを呼び出す事、ここで足止めすることが、薬を飲んだ条件ですから」

「足止めって、朱羽あげはさんをどうする気だよ!」


 炎の奥へ目を凝らして、修司が今度こそ趙馬刀ちょうばとうに力を込めた。

 キーダーの武器であるそのつかに生成される刃には個人差があるようで、彼の刃は朱羽や京子のそれよりも細く長い。

 迎撃態勢をとる銀次に戦闘開始の空気を読んで、龍之介はさすまたを手に二人から退いた。


 銀次がピンと突き出した掌に白い光が宿る。

 昼間見た能力者同士の戦闘と同じように光で盾を生成した彼は、修司の振り下ろした刃をキンと弾いた。

 開いた間合いに、今度は銀次が盾をほこに変えて反撃する。

 修司は、刃で受け止めたその武器の重さに「くそ」と歯を食い縛った。


「化け物かよ。光だけで戦えるのか?」


 銀次には趙馬刀も何もない。

 ただ能力だけで生成した武器の威力に、修司も龍之介も圧倒させられる。薬で得た能力は、バスクのそれよりも大きいのだろうか。


 それでも修司はキーダーなりの力で食らいつき、攻撃を繰り出した。

 どっちつかずの攻防を食い入るように見つめていると、龍之介の背後でふと音が鳴る。

 さっき聞こえた戦闘音に続いて、二度目だ。


 後方を仰いだ龍之介は、その光景にデジャブを感じて声を上げた。


「修司さん! 銀次!」


 綾斗の車から見た慰霊塔の光景と同じように、アルガスの方向に炎が上がっていたのだ。あの時の炎をおこしたのはガイアだが、その後にシェイラの仕掛けが公園の後方までを燃やしている。


 今アルガスに居るのはシェイラだ。

 再び鳴った重い音が、今度は地面を軋ませた。


「アルガスが燃えてる……」

「憶測でものを言うな!」


 公園での去り際にシェイラがチラつかせた手榴弾が、龍之介の想像を悪い方へと持って行ってしまう。

 けれど動きを止めた戦闘中の二人は、注視する先に龍之介の見えない何かを感じているらしい。


「おかしなくらいに能力の気配がするぜ」

「シェイラはノーマルですよね?」


 彼女も薬を飲んだのかと龍之介が不安を過らせると、修司はきつく結んだ唇を開いて彼の名を口にした。


「これは多分……綾斗さん?」

「キーダーの気配なんですか?」

「分かんねぇけど」


 我に返る銀次の疑問は何を意味するのだろうか。

 銀環の抑制があるキーダーとバスクとでは能力に差があるというが、にわかで能力を得た銀次にそれを感じ取れるとは思いたくない。それとも、そんな銀次にさえ読み取れるほどの力なのか。


「大丈夫……なんだよな? 美弦みつる……」

 

 あれが綾斗の力だと言いつつも、修司は祈るようにその名前を呟く。

 アルガスの方向に大きな気配が湧いたというだけで、勝利の確証など何もなかった。

 アルガスには重傷を負った美弦や京子がいる。そんな面々を脳裏に浮かべて、龍之介は苛立ちを募らせた。


「何でこんな時に俺は何もできない? 何でだよ!」

「来るな、龍之介!」


 龍之介は身震いしてさすまたを振り上げる。炎を見つめる銀次に隙が見えたからだ。

 けれど所詮ノーマルの動きは、すぐに銀次に気付かれてしまう。


「おい馬鹿、やめろ」


 修司が二人の間に飛び込んで、銀次の攻撃から龍之介を庇った。

 ジリと趙馬刀を突き付け、修司は銀次を睨みつける。


「シェイラ一人でアルガスに行ったにしては激しいんじゃねぇの? どんな武器持ち込んでんだよ」

「さぁ」


 目の前の刃に怯える事もなく、銀次はあっさりと答えた。


「お前さっき俺たちを足止めするって言ったよな? それって俺たち二人を朱羽さんの所に行かせない為じゃなくて、朱羽さんを含めて俺たちをアルガスへ戻さないようにって事なのか?」

「察しが良いですね」


 修司は頭に血を上らせて、刃と逆の手に光らせた球を銀次の胸元へ投げつけた。

 咄嗟とっさに攻撃を腕で受け止めた銀次が痛みに顔を引きつらせたが、大したダメージには至らない。


「貴方がこっちに来たのは嬉しい誤算です。仕掛けるなら今だってシェイラが言っていましたからね」

「仲間気取りか? けどあの二人はお前を仲間だなんて思っちゃいねぇだろうよ。失敗したら捨てられる……分かってんのか?」

「だろうなとは思います」


 アルガスに乗り込んだシェイラがこの戦いのメインで、こちら側がサブだというのか。

 アルガスの方向で何が起きているのか、ここからは分からない。


「修司さん……」


 不安げな彼の視線に龍之介は戻る提案をしようとしたが、修司は「嫌」と首を振る。


「お前の友達は仲間に忠実な犬みたいだからな、俺たちが逃げるのを許してはおかないだろうよ。本気で殺し合いになっちまう」

「殺し合いだなんて……」

「俺はこの三ヶ月、綾斗さんに習って訓練して来たんだ。あの人は強ぇよ。だから美弦も京子さんの事も守ってくれる。俺たちが行った所で、足手まといにしかならねぇって」


 私情を抑え付けてキーダーであろうとする修司に、龍之介は「分かりました」と従う。


「信じよう」


 口の端を上げて、修司は戦闘態勢に戻る。

 けれど能力で生成するという趙馬刀の刃がさっきよりも小さくなっていることに気付いて、龍之介は息を呑んだ。


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