45 捕らわれの姫
犬を抱いた女を誘導する施設員と別れて、急に辺りが静けさに包まれた。
爆発騒ぎがあったとは思えない程で、鳥のさえずりさえ聞こえてくる。
けれど龍之介がホッと息を吐いたのとは対照的に、
「ガイアの気配がしてるんですか?」
「たぶんね。ここに来て急に強くなった。向こうもこっちに気付いて挑発してるつもりなんだろうけど」
即答する綾斗。たぶん、と言ったのは個々の気配を区別するのは難しいという理由らしい。
ノーマルの龍之介にはさっぱり分からないが、京子も横でこくりと相槌を打つ。
「俺、ここに来たの初めてなんです。大晦日の
「龍之介くんはこっちの生まれだよね?」
「はい、ここから結構近いですよ」
かつて閑静な住宅地だったというこの場所が、七年前の大晦日に跡形もなく消えてしまった。
黙ったままの京子をチラと見た綾斗が、彼女に遠慮しているように見える。七年前だと彼はまだアルガスには居なかった筈だ。
少し間を置いてから京子が口を開く。
「いまだに詳細は出してないから、知らなくても仕方ないよ。この風景が何もなくなって、私が来た時には全部終わってた。何もできなかったことが悔しくて、雪の中で泣いたんだ」
京子は
公園の広場へと伸びた木々のアーチが途切れたところで、綾斗が「俺たちはここまで」と龍之介に声を掛ける。
「分かりました」と答えて茂みに入り込むと、綾斗は小さなイヤホンを一つ龍之介に差し出した。支持されるままに耳に着けると、ザーという耳障りな音が小さく流れている。
「外さないでね」と言われて龍之介は嫌顔にも頷いた。
「気を付けて下さい」
綾斗が京子を見送って、龍之介は全体が露わになった白銀の塔を見上げた。
七年前に起きた『大晦日の白雪』を供養する慰霊塔の巨大さに圧倒させられる。
龍之介が息を呑むと、京子が塔のたもとで「ガイア!」と声を張り上げる。
一瞬シンとした空気に龍之介が辺りを探すと、常設された献花台の横に朱羽を見つけた。
叫びそうになる衝動を先読みして、綾斗が「静かに」と人差し指でサインする。
それでも駆け出したくなったのは、地面に横たわった彼女の手足がぐるぐると縛られ、『捕らわれの姫』よろしく食い込んだ紐に拘束されていたからだ。
龍之介は弾かれたように一歩足を出すが、綾斗に腕を掴まれた。
「駄目だよ」
「すみません」
綾斗に従うのが、ここへ来た条件だ。
騒めく心臓を必死に抑えつけて、もう一人の人物へ視線を移す。
龍之介が過去に二度見た時と変わらない、茶髪のアロハ男──予告通りガイアが居た。
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