46 キーダーの武器とバスクの武器

 拘束された朱羽あげはの側に、アロハシャツを着た茶髪の男が立っている。

 龍之介の位置からは、横たわる彼女の無事が分からなかった。

 辺りの地面が浅くえぐられ黒い煤が焼き付いているのは、さっき犬連れの女が説明した爆発の痕だろう。


 ガイアは京子を「よぉ」と迎え、脇に抱えた金属の竿を地面にドンと打ち付けた。これ見よがしな態度に、京子が「はぁ?」と眉をひそめる。


「アルガス総動員で来たのか? そりゃあいい。アンタを倒してウィルを返してもらうぜ」

「世の中そんなにうまく行くと思わないで。私があの男の引き換えになるだろうなんて短絡的な考えだよ。頭の中、お花畑なんじゃない?」

「言ってくれるじゃねぇか」

「それより、朱羽」


 京子はガイアから目を逸らして、足元に転がる朱羽に顔を落とした。

 イヤホンのお陰で、龍之介にも京子たちの会話を聞き取ることができる。


「下手な芝居しないで。捕らわれの姫君にでもなったつもり?」


 伏せたままの朱羽は気絶しているように見えたが、京子の言葉に応えるように地面に触れていた手が砂をぐしゃりと掻いた。


「朱羽さん?」


 龍之介は驚きと安堵を混ぜて、そっと呼び掛ける。勿論それは彼女に届く距離ではないが、朱羽の目がパチリと開いて龍之介を捕らえた。


「龍之介、何で……」


 動揺を広げる朱羽に京子の言葉の意味を探って、龍之介は綾斗あやとに答えを求める。


「どういうことですか?」

「さっき言ったでしょ? 芝居だよ」

「芝居?」

「朱羽さんは、こんな捕まり方しないだろうって事」


 苦笑する綾斗に驚くと、突然ブチリと言う鈍い音が響いた。

 何の音だろうと考える間もなく朱羽がゆらりと立ち上がり、千切れた紐を地面に落とす。

 拘束を解いたのが彼女自身の力によるものだと理解して、龍之介は「ええっ」と植え込みギリギリまで顔を乗り出した。


「龍之介はアンタの事が心配でついてきたんだって。で、姫君はこんなトコで何してんの? 紐で縛られた姿なんて、アンタの親衛隊に見せたら大喜びするんじゃない?」

「親衛隊……」


 この間行った食堂の店主が頭に浮かぶ。彼以外に何人もいるという朱羽の親衛隊の男たちなら、確かに興奮してしまうだろう。現に彼女の無事を知った途端、龍之介の中に蘇る数分前の朱羽があらぬ方向の色を醸し出してしまう。

 けれど朱羽にその自覚はないようだ。


「そんなことあるわけないじゃない。こんなので喜ぶなんて、変態でしょ?」


 心が痛んだ龍之介をよそに、京子が仁王立ちになって朱羽に抗議した。


「変態でも何でもいいの。アンタが変な小芝居打ってる間に、美弦みつるがシェイラに怪我させられたんだからね?」

「美弦ちゃんが? ちょっと、どういうこと?」

「発砲を止めて刺されたの。本人は平気だって言ってるみたいだけど、今は本部で休ませてるよ」


 美弦が怪我をしたのは自分のせいだと叫びたかった。けれど綾斗に「今はいい」と止められる。


「ごめんなさい……」

「私じゃないでしょ? 本人に言って」


 謝る朱羽を京子は突っぱねる。


「アンタが全部悪いわけじゃない。ウィルを早く捕まえられなかったのは私たちの責任だから」

「京子……」

「ここを選んだのも正しいと思うよ。街中では戦っちゃ駄目だって、私もアンタも学習してる。だからおのずと答えは出るでしょ? 私がアンタだってここを選んでるよ。区の管理にしてあるとはいえ、アルガスの融通が利く場所なんて他にそうはないからね」

「そう言って貰えると助かるわ」

「お前たち、俺を馬鹿にしてんのか!」


 しんみりとする女子二人の会話に割り込んで恫喝どうかつするガイア。その凄みに龍之介は肩を震わせるが、京子は「うるさい」と言い返した。


「このまま捕まってくれるならアンタの刑はまだ軽いわよ」

「俺が、はいそうですかって従うと思うか?」

「思わないけど。一応言っとかなきゃと思って」


 挑発的な京子にガイアは「はぁ?」と顔を歪めて、竿を左手で構えた。

 上向きに広げた右の掌から白い光がにじみ出て、それを一メートル程の竿にわせる。竿全体が剣の刃よろしく白い光を定着させた。


「バスクにありがちな武器だよね。前にも見たことあるよ。戦う訓練もしないで一人で戦おうっての? 覚醒してどれくらい? ウィルが捕まった時も力が使えてたの?」

「そんなことベラベラ話してどうなる」

「シェイラの武器だって、アンタが盗んだものなんでしょう? 被害届が出てるって、警察がうるさいんだよ」

「京子、やっぱり私がやるわ」


 意気揚々とする京子とガイアの間に朱羽が入り込んだ。けれど京子は「駄目だよ」と彼女の肩を掴んで横へと押し戻す。


「ガイアは私と戦いたいって言ってるんだから、アンタはお呼びじゃないの。あの事務所に居たいんでしょ? 正義感振りくのは勝手だけど、後の事も考えて。今は邪魔しないで下がっててくれる?」


 朱羽は何か言いたげに口を開いたが、音に出さぬまま唇を結んで京子に従った。


「俺はウィルの奪還だっかんなんてどうだっていいんだけどな。シェイラの恨みを考えたら、田母神たもがみ京子を倒さないわけにはいかないだろう?」

「そんなお人好しだから、朱羽に騙されるんだよ」

「俺だって一般人を傷つけようとは思ってねぇからな」

「傷つけなくても盗むのは構わないんだ」

「……うるせぇよ」


 ガイアは金色のネックレスをジャラリとさせて、唇の端をペロリと舐め上げる。


「京子さん……」


 ガイアを挑発する京子に、綾斗が前のめりになって三人を凝視した。

 朱羽が二人を離れた所で、京子は腰に差してある短い棒状の何かを抜く。


 「あれは?」と小声で尋ねると、綾斗もまた腰から同じものを抜いて龍之介に見せた。

 握りしめた下の部分は先端が馬の頭を模った作りになっていて、反対側は筒のように穴が丸く空いている。


「これは趙馬刀ちょうばとう。キーダーの武器だよ。京子さんを見て」


 龍之介が広場へ視線を返すと、温い空気が一瞬ピリリと揺れた気がした。


 趙馬刀の先には何もない筈なのに、白い光が剣の刃を模してゆっくりと伸び上がる。それはガイアの武器よりも長く、先端が鋭利に尖って見えた。


「ウィルを返せよ。シェイラの為にな」


 その光にガイアがひるむことはない。彼が片手で竿を振り上げたのが、戦いの始まる合図だった。


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