39 土下座

 ピリピリとした空気に包まれた処置室にやって来たのは、眼鏡を掛けた大学生キーダーの木崎綾斗きざきあやとだ。


「俺も行くから。美弦みつる、気持ちは分かるけど今日は寝てること。先輩命令だよ」

「綾斗さん、ガイアの居場所を突き止められたんですか?」


 ぴょんとベッドから下りようとする美弦の額を、修司がてのひらで押し戻す。


「まぁ大体の線だけど。朱羽あげはさんのGPSでエリアは絞れてるから、間違いはないと思うよ」

「京子さんはもうガイアの所に居るんですか?」

「自分で探すって意気込んでたけど、まぁ京子さんじゃ時間掛かるんじゃないかな。向こうは挑発してる割に、まだ大分気配を抑え込んでいるみたいだしね」


 能力者に独自の気配があるというのは、電話で京子も言っていた。

 それを頼りに能力者同士で位置を知り合える反面、逆に抑え込んで存在をくらますことも可能だと綾斗が説明する。


「攻撃系の能力は高いのに、気配探るのは苦手だから。京子さんにはこっちと合流するようにメール入れておいたよ」


 修司を一瞥いちべつして「じゃあ行こうか」と促す綾斗に、龍之介は慌ててベッドを下りた。


「あの、俺も連れて行って下さい」


 ここでじっと待っていられない気持ちは美弦と同じだ。当然、彼女はいつもながらに眉を吊り上げて抗議する。


「ちょっと龍之介、何言ってんのよ。私だって待機なのよ? ノーマルの貴方が行ったら、また誰かに怪我させるかもしれないじゃない」

「朱羽さんの所に行きたいんです。お願いします!」


 美弦を無視して、龍之介は綾斗に懇願した。

 「お前は!」と声を荒げたのは修司だ。


足手纏あしでまといだって、まだ分からないのか? さすまたなんかで何ができるんだよ!」


 窓辺に立て掛けられたさすまたは、龍之介が持っていたものだ。再び掴み掛かろうとした修司をかわして、龍之介は「でも」と訴える。


「シェイラだってノーマルじゃないですか。俺だって何かしたいんです」


 無謀なのは承知だし、立場が逆ならきっと修司と同じことを言うだろう。

 けれどシェイラに『ノーマルだけど、ちゃんと戦える』と言われたことが胸につかえて、龍之介の気持ちをはやらせた。


 綾斗は涼しい顔で龍之介を睨みつける。


「彼女は武器を持っているだろう? シェイラは化け物だ。君に同じことはさせられないよ。それに、この間サインを貰った承諾書には、上の命令には従うって書いてあった筈だよ」

「それは……」


 確かにサラッと目を通した文章にはそんなことが書かれていた。


「俺にはお前を助ける余裕なんてないからな?」


 修司の言葉に美弦が険しい表情を見せるが、彼女は珍しく何も言おうとはしなかった。

 綾斗も「そういう事」と龍之介に言い聞かせる。


「俺たちが君を守れる絶対の保証なんてないんだよ」


 けれど、龍之介は頑なに首を前に振ることを拒んだ。


「分かってます。けど、朱羽さんが連れていかれたのに、ここでじっとしてはいられません。お願いします」


 龍之介は思いのままを叫んで床に伏した。土下座なんて初めてだった。

 冷房で冷えた床に額を押し付けると、呆れた綾斗の溜息が聞こえる。


「もう時間だから。君、俺の言う事は聞く気ある? 車に乗っててって言ったら、出ないって約束できる? 守れるなら乗せてあげようか?」

「ええっ、いいんですか? 綾斗さん!」


 修司と美弦の声が綺麗にハモって、龍之介は顔を上げた。


「もういい、行くよ。二人とも急いで」

「ありがとうございます!」


 諦めの混じった決断に礼を言うと、龍之介は窓辺へ走ってさすまたを握りしめた。


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