40 さすまたか武器か

「おいお前、それ持ってくの? 邪魔なんだけど」


 後部座席へ乗り込もうとした修司が「ちょっと」と露骨に嫌そうな顔をする。

 先に乗った龍之介の抱えたさすまたの取っ手が、隣の席の足元にまで伸びていたからだ。


 「すみません」と謝る龍之介を遮るようにバタンと扉を閉めて、修司は「隣良いですか」と青いスポーツカーの助手席に乗り込んだ。


「構わないよ、どうぞ」


 シートベルトをした修司は「マジでそれで戦うつもりかよ」と肩越しに龍之介を睨む。


「ないよりは、あったほうが良くないですか?」


 元々自分のものではないけれど、銀色のさすまたは龍之介にとってお守りのような存在になっている。「そうかぁ?」と苦笑する修司と綾斗あやとの間に顔を乗り出して、龍之介はふと思った疑問を二人にぶつけた。


「それよりガイアはどうして朱羽あげはさんを狙ったんでしょう? あの二人の狙いは京子さんですよね。だったら朱羽さんを囮になんかしないで、堂々とアルガスに来た方が手っ取り早いと思うんですけど」

「その程度のヤツってことだよ。入口の護兵ごへいと、この黒壁の二大防御を、バスクとはいえ一人の能力者で超える自信があるかどうかだ」


 二大、と強調して修司がブイサインをアピールする。


「たまにそういうの気にしない奴もいるけどね。勝利をくれてやったことはないよ」


 綾斗は門へ向けて車を発進させながら、建物を横目に見上げた。


「それにしても、こんな非常事態にタイミング悪すぎ」

「タイミング?」


 龍之介が綾斗の視線を追うと、空の屋上が見えた。

 修司が「こういう時はヘリで現場へ向かう事が多いんだよ」と嬉しそうに説明する。先日アルガスを訪れた時は、美弦みつると修司を乗せたヘリが、ロープやパラシュートで飛び下りるという降下訓練から帰ってくる所に遭遇した。


「キーダーって、俺が今まで想像していた以上に色んな事しなきゃならないんですね」

「龍之介くんもヘリから降りてみたい?」

「あ、いえ、それは……できれば遠慮したいです」


 修司も「だよなぁ」としみじみ頷く。


「けど俺にも能力があればって思います。朱羽さんに会ってから、どうして俺はノーマルなんだろうって思うことが多くて。俺はシェイラみたいに武器を持つこともできないし、こんなのを持って戦うフリをすることしかできません」

「いくら君がノーマルでも、シェイラとは比べなくていいから」


 少し厳しい声で綾斗は言って、門の前で車を停めた。窓を半分開けて護兵と言葉を交わすと、制服姿の男は車内を覗き込んで各々に頭を下げる。


 門は古いものらしく、毎回護兵が手で開閉している。門が完全に開くのを待って、綾斗は車をアルガスの外へと走らせた。


「ノーマルの方が普通なんだから。君が劣等感を感じる理由なんて一つもないよ」


 綾斗の言葉が龍之介の胸に突き刺さる。ノーマルには迷う事さえできないという現実を突き付けられた気がした。


 ――『私は貴方に力を与えてあげることができるわ』


 シェイラの言葉が甘い誘惑に感じてしまう。

 それが罠だという事は分かっているのに――。

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