34 言いつけ

「ガイア!」


 脅迫状に添えられたアルファベッドが犯人を示すなら、その男以外に思い当たる人物は浮かばなかった。

 桜の夜、龍之介からバイト代を奪おうとしたチンピラ男だ。


 京子をおびき寄せる為に朱羽あげはがさらわれてしまったというのか。

 ガイアが京子を狙う理由は、去年起きた街中での衝突だろう。彼等の仲間でバスクのウィルを、京子が地下牢送りにしたのだ。


 けれど、能力を使うキーダーにノーマルのガイアが敵うわけないと龍之介は思っている。


「朱羽さんがアイツに連れて行かれるなんて、ありえないだろ?」


 確信を持って呟いて、龍之介はスマホの画面をオンにした。

 「何かあったら連絡して」と京子から番号を聞いている。発信履歴には先に朱羽の番号が出たけれど、今繋がったところで彼女を救う事にはならない気がして、そのまま田母神たもがみ京子の名前までスクロールさせた。


 手が震えてスマホを取り落としそうになる。呼び出しのコール二回目で彼女が出た。


『龍之介くん? どうし……』

「朱羽さんがさらわれたんです!」


 じっとしてなどいられなかった。

 京子の声を遮って、龍之介が叫ぶ。


『どういうこと? 朱羽がさらわれるなんて事ある?』

「本当なんです!」

『龍之介くん……何があったか教えて』


 緊迫した空気が流れて、龍之介は今起きている状況を彼女に説明した。


「Gって文字は、ガイアってことでしょうか。アイツが朱羽さんを!」


 憶測だけれどそれを伝えると、京子は『落ち着いて』と龍之介を宥めた。


『龍之介くん、ガイアの事知ってるの?』

「やっぱり、俺が朱羽さんに助けられた時のチンピラと刺青いれずみ女が、ガイアとシェイラなんですね? 俺、事件の資料を見て、そうじゃないかって思って」

『あぁ、そういうことか。そうだよ。奴らにはもう一人仲間がいて、私が捕まえてトールにしたの。名前は――』

「ウィル、ですね」


 龍之介は先にその名を口にした。『トールにする』ということは、本人以外の能力者の力で、故意に力を消失させることだ。

 龍之介が予想した通りに、京子は『うん』と答える。


『龍之介くんは、そこから一度アルガスに来てもらっていい? 近くに美弦みつるが居るから向かわせる。くれぐれもそこから離れないで』

「朱羽さんがどこにいるか分かるんですか?」


 訴えるように問うと、京子は焦燥しょうそうにじませて『駄目だよ』と龍之介をたしなめる。


『変なこと考えちゃ駄目。銀環にはGPS機能が備わってるの。あんまり精密ではないけど、あとは気配で分かるから』

「気配……?」

『能力者はね、お互いの匂いを感じ取ることができるから。朱羽をどうするつもりか知らないけど、ガイアは私を挑発してくるはず』

「ちょっと待って下さい。京子さんを挑発、って。ガイアはノーマルなんですよね?」


 能力者同士が相手を感じ取ることができるというのは分かった。

 けれどそれではガイアがバスクだという前提の話になってしまう。それなのに彼女は一瞬黙ってから、おかしなことを口にした。


『確証ではないけど、可能性はあるってことだよ』

「それってガイアがバスクかも、ってことですか? 刺青女も?」

『シェイラは違うんじゃないかな。ガイアのことは朱羽が一番わかってると思うから、簡単にやられたりはしないよ。だから貴方はアルガスに来て』

「そんな……分かりました」


 資料に書かれていることが全てではないというのか。

 龍之介は早口に答えて、一方的に通話を切る。落ち着いて話をしてなどいられなかった。

 突然の不通に京子からのコールが鳴ったが、龍之介はそれを無視する。


「何だよ、それ……」


 いくらチンピラでも、朱羽がノーマルに誘拐されたならそこまで心配はしなかった。けれど、相手がキーダーに恨みのあるバスクならば話は別だ。

 指示通り美弦を待つか、このまま闇雲に町へ走り出すか心が決まらないまま、龍之介はさすまたを抱えて事務所を飛び出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る