【番外編】12 もっと上へ

 二年前の春、キーダーになったのは元バスクの三人だけだ。元々戦闘に慣れている事を理由に、三人には個別のトレーナーは付かなかった。

 アルガスは色々と制約の多い機関だが、特例と称して上の都合で省かれることはしょっちゅうあると前に久志ひさしに聞いたことがある。


 訓練施設に併設する北陸支部のキーダー二人に一年間仕事を習い、それぞれの配置に就いた。

 同じ『監察員』という肩書が付けられた彰人あきひととは担当が北と南に別れ、顔を合わせることは滅多にない。

 監察員は行動履歴を残さないのが基本で、去年一年間は九州に居る事が多かった。その事実を知るのも、アルガスではごく一部の人間だけだ。


 京子に会いたいと思う。けれど、仕事と恋愛に頭を切り替える余裕がなかった。

 支部付きのキーダーを選べばもう少し気持ちに余裕ができたのかもしれないが、どうしたいかの選択を迫られて、強くなることへの最短ルートを選んだ。北陸での訓練で他の二人との差を思い知らされたからだ。

 潜在能力はトップだなどと褒められても、宝の持ち腐れでしかない。経験が浅すぎて、二人についていくのがやっとだった。


 九州行きを命じられて、桃也とうやに多大なる影響を与えたのが一條佳祐けいすけだ。九州支部の彼は、やよい・マサ・久志と並ぶ、『同期4人組』と称されるうちの一人だ。


 桃也が九州へ行くようになって間もない頃、別の仕事で大阪に居た佳祐と桃也は、突然の招集で名古屋へ向かった。


 中部地方は北陸支部の管轄に入る。

 早朝にやよいから連絡を受けた佳祐の様子では、危機感などまるで感じられなかった。やよいとの会話で、彼が「あぁ」「はぁ?」「おぅ」といった単調な返事ばかり繰り返していたからだ。


 サイレンを鳴らす救急車とすれ違いに現場へ入り、桃也はその光景に愕然とする。

 町外れの埠頭で、二十は超えるだろう若い男たちが折り重なるように地面へ伏していたのだ。真昼間まっぴるまの青空の下、漂う臭気は火事のそれともまた違う。そこに混じる力の気配にむせりそうになって、桃也は彼等の背後を見やった。


「これって……」


 壁がえぐり取られた巨大な倉庫に、桃也は雪の日に見た赤い光景を重ねた。


「不良どものお遊びに、バスクが混じってたんだな。珍しいことでもねぇぜ?」

「暴走……ですか?」

「あぁ。ふざけやがって」


 暴走なのかと予測はついた。けれど、実際そうだと聞いた途端に震え出した桃也の手を、佳祐が強引に掴む。


「気にすんな」


 腹に響くような太い声でそう言って、佳祐はやってきた彼女に「よぉ」と声を掛ける。

 ポニーテールをなびかせる長身の女は、キーダーの制服姿で「いらっしゃい」とにっこり手を上げた。


「遅ぇぞ。もっと早く呼べや」

「こんなに早く始まるとは思わなかったんだよ。桃也もよく来たね」

「やよいさん、お久しぶりです」


 「まだ二ヶ月くらいだろ」と笑って、如月やよいは状況を説明する。強面こわもてでクールな佳祐を相手に遠慮なく話ができるのは、彼と同じ同期組の三人だけだろう。

 佳祐の言う通り、不良グループ同士の抗争にバスクが一人いたという事だ。


「ちょこちょこと悪さしてた奴みたいだからね、暴走のリスクは知ってた筈だよ」 

「それで仲間を殺す気か? まぁ大した威力でもなかったみてぇだけどな」

「切羽詰まって逆ギレでもしたんだろうね。仲間を捨てたのか、それとも最初から仲間とは思っちゃいなかったのか。絞り甲斐があるよ」


 やよいはボラードに括りつけた男を親指で指す。彼がこの騒動の原因になったバスクらしく、左腕には能力の抑制を目的とした銀環が結ばれていた。

 男は地面に座り込んで、ぐったりと頭を垂らしたまま動かない。

 佳祐が「何かやったのか?」と首を傾げた。


「あぁ、やたら抵抗されたから、腕の骨折ってやったよ」

「え、腕を折った?」

「正当防衛だって。大丈夫、あんなんじゃ死なないから」


 容赦ないやよいの制裁に、桃也は思わず自分の腕を押さえる。

 警察官の人数が次第に増えて、次々と来る救急車に不良たちが運ばれていった。

 ノーマルの後始末は警察が行う。バスクの男を捕らえた以上、ここでキーダーの仕事は終わりだ。


「俺は、ここで何をすればいいんですか?」

「もぅ、桃也は真面目なんだから。別にアンタたちに仕事させる程の事じゃないのは最初から分かってたんだ。ただ近くにいるって聞いたからさ、桃也に見せとくのはアリだと思ったワケ。現場を知るのは大事だよ」

「やよいさん……」

「それにね、佳祐は来れない時は来れないってちゃんと言う男だから、声掛け易いんだよ」

「うるせぇ」


 そっぽを向く佳祐。

 桃也は「ありがとうございます」と下げた頭を起して、辺りを見渡した。

 抗争に参加した若い男たちは、皆倒れているがそれぞれに息をしている感じはある。


 ただ倉庫の被害が暴走によるものだと聞いて、どうしてもあの夜と比べてしまう。

 あの日は人が死んで、風景も全て無くなっていた。

 あれも、この程度で済めば良かったのにと思ってしまう。


「他人と比べんじゃねぇ」


 佳祐の大きな掌が、桃也の背をドンと叩く。


「いいか、やっちまったことを未来に持って行くな。お前のことをアルガスの連中がキーダーだと認めたんだ、だったら仕事しろよ」

「はい……」

「浮かねぇ顔しやがって。お前はそれだけ必要とされる力があんだよ。お前ならできるだろう? 救えなかった分の命を救ってやれよ。その為にこっちを選んだんじゃねぇのか?」

「そうだね。桃也ならサードにだってなれるんじゃないの?」

「サード……」


 その言葉に緊張が走る。

 キーダーの更に上の肩書きがある事を知ったのは、九州へ行く少し前の事だった。


「いや、俺なんて」

「もしもの話だよ。サードなんてなりたくてなれるものじゃないしね、佳祐」

「うるせぇ」


 その肩書が何を示すのかは実際良く分からないが、彼がそうらしいという事は、風の噂で聞いていた。ただ、それを本人に問うのはタブーだと思っている。


「私には一向にお呼びが来ないけどさ。まぁ、目指すものがあれば強くなれるのは本当のことだから。もしアンタの目標を邪魔するような奴がいたら、私に言いな。ぶん殴ってやるから」


 拳をチラつかせるやよいに、佳祐は「おぉ怖ぇ」と皮肉たっぷりに笑って見せた。


「この間の話聞いたよ。二人でバスク捕まえたんだって? 九州行ってすぐそれとは、アンタたちいいコンビなんじゃない?」

「ありがとうございます。佳祐さんが居ると安心って言うか。それに、やよいさんたちに鍛えて貰ったお陰ですよ」


 少し前に支部の近くで起きたバスクの騒ぎを鎮めた話だ。

 桃也自身、九州支部の人間ではないし、佳祐がトレーナーな訳でもない。側で一緒に仕事をする機会が増えて、その度に手応えが大きくなっている。

 彼の側は、居心地が良かった。


「嬉しいこと言ってくれるじゃん。ま、今日の所は警察の手伝いでもしてくれる? 私はあの男をウチに運ぶよ」


 「そう言う事だから」と締めて、やよいはさっさと骨折男の方へ走って行った。彼女の勢いに、相手から悲鳴が上がる。

 桃也は改めて佳祐を見上げた。背の高い桃也と比べても、彼の目線は更に上にある。


「佳祐さん」

「あぁ?」

「俺は、俺にできることを極めたいです」

「そん時は歓迎してやるよ」


 佳祐は現場を見据えたまま肩をぐるりと回し、「行くぞ」と桃也を促した。



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