85 バレンタインの思い出
「君に面白くない話をしてあげようか」
そんなことを言う
相変わらず階下の戦闘がやむことはなかったが、屋上は衝撃の余韻も消えてひっそりと静まり返っていた。修司は何をすることもできず、どんどん深くなっていく二人の会話に横で耳を傾けている。
「僕、中三の最後のバレンタインに、京子ちゃんからチョコレート貰ったんだ」
彰人は京子を小学校からの幼馴染だと言っていた。好きな人を追って上京したという彼の相手は京子なのだろうと修司は勝手に解釈していたが、実際はもう少し複雑な関係なのかもしれない。
桃也は口を真横に結んで苛つく感情を抑え込みながら、黙って続きを待った。
「お返しも返事もしなかったから、周りには京子ちゃんが僕にフラれたって事になってる。けど、ちょっと違うんだよ」
そう言って彰人は、惜しみなく過去を語る。
「メッセージが添えてあってさ、好きって言葉の後に『今までありがとう』って書いてあったんだよ。小さくサヨナラってもね」
「サヨナラ、ね」
桃也は噛みしめるように繰り返した。そのホッとした表情に、彰人が目を細めるように笑う。
「中三の三月は、彼女がキーダーとして上京する時期だからね。僕も父さんとの事があったし、バスクだって正体もバラしたくなかったから、メッセージをそのままに受け取って返事はしなかった。けど、たとえ僕がOKしても付き合う事はなかったと思うよ。彼女が求める相手はさ、側にいてくれる人なんだと思う。だから、フラれたのは僕の方なんだ」
「京子が好きなのか?」
「教えないよ。ただ、今となっては君の嫉妬の相手は僕じゃないでしょ?」
「…………」
「まぁ頑張りなよ。応援はしないから」
「お前……」
桃也は反論するように口を開くが、諦めたように唇を噛んだ。
彰人は何か音を立てたイヤホンに手を当てる。「はい」と小さく返事して、立ち尽くしていた修司を振り返った。
「噂をすればだよ。ここは僕たちに任せて、地下の綾斗くんと合流してくれる? ホールから降りれば近いからね。観客の避難は済んでるし、後はスタッフを逃がすだけだよ」
「終わったんですか?」
「とりあえず一区切りついたかな」
「ほんとですか? やったぁ!」
「まだ気を抜くには早いよ」
だらりと緊張を解く修司に、彰人の注意が飛んでくる。
「下も激しくやってたから、足元にも気をつけろよ。誰も居ないとは限らないんだからな?」
「確かにその通りだ。注意して行ってね」
桃也が促して、彰人は自分のイヤホンを修司に差し出した。
「操作は単純だから、何かあったらすぐに連絡して」
「ありがとうございます」
修司は早速耳に装着するが、ザラザラという雑音が聞こえて来るだけだ。
「じゃ、行ってきます」
修司は二人へ頭を下げる。
まだ動かない律を確認して、
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