86 体当たり
階段を二階まで一気に駆け下りて、
そこで目にした光景に
競技場とでも言わんばかりの広いホールが
中央のステージへ向けて斜めに降りる観客席の一部は大きく円形に
煙たい空気に混じって、大分強い力の気配が残っている。
戦っていたのは、彰人たちが話していた九州のキーダーなのだろうか。
けれど既にその姿はなく、沈黙に足を
舞い上がった塵を吸い込んで、込み上げる咳を片腕で覆う。
桃也の言う通り足元は悪く、瓦礫にはガラス片も混じっていた。それを爪先立ちで回避しながら降りていくと、自分の足音に突然別の物音が重なって、修司は全身を
力の気配に動きはないが、ホルスにはノーマルも多い。
遠目に見る後頭部だけでは男か女かすらわからないが、声を掛けようとすると相手が先に動きを見せる。
シートから灰色のストライプ柄がのっそりと生え、脂ぎった顔がこちらを振り返った。
パンパンと手を叩きながら、呆れるくらいに
「アンタか」
「いやぁ、実に良かった。楽しませてもらったよ」
どっと疲れが増して、修司は溜息を吐き出す。興奮気味の近藤の
「楽しかったって、本気で言ってるんですか?」
「君は生きることに不器用な男なのか? 最高の舞台を前に、本気で楽しまなくてどうする。私は今も震えが止まらないよ」
「最高って、何喜んでるんだよ。怪我した人だっているんだぞ?」
京子も律も深い傷を負ったし、このホールを見ても敵味方共に重傷者は出ただろう。
それなのに、当の近藤は傷一つない。この事態を引き起こした彼が
「アンタはアイドルを育ててるんだろ? その舞台がこんな事になって、何も思わないのかよ」
「壊れたものは直せばいいんだよ。なぁに、ここの
近藤は本気だ。修司が何か言ったところで、彼の胸には全く響かない。
「アンタが楽しけりゃいいのかよ」
「それは違う。エンターテイメントというのは、感動の共感が大事なんだ。それを世に与えるのが私の仕事だよ。君たちの力が欲しいと言っただろう?」
「アンタ、狂ってるよ」
心から近藤の事をそう思うのに、ジャスティの少女たちは彼の下に居る選択をする。
修司はステージの前まで歩き、近藤と向き合った。
「君のことを
「俺は……アンタにだけはこの力がなくて良かったと思うよ」
ふんと鼻を鳴らして、近藤は「さて帰ろうか」と非常口へ向けて歩き出した。すれ違いざま、脂ぎった顔が「君も、もっと強くなるんだぞ」と笑う。
「ふざけるな!」
その背中に叫んだ瞬間、修司の身体を殺気が駆け抜ける。
頭上で何か物音がした気がした。
けれど近藤は気付いていない。
修司はハッと目線を
「あ!」と息を飲み込むのが精一杯。それ以上の言葉が出なかった。近藤の頭上で黒い金属のライトが揺れたのだ。
戦闘の衝撃でネジが緩んだのだろうか。固定具を引き千切って、近藤へ真っすぐに落ちてくる。それは、修司の気持ちを
近藤を助けたいとは思わない。彼がこんな提案をしなければ、京子も律もあんな怪我を負うことはなかったのだ。
けれど今、目の前に起きようとする悲劇の瞬間を、
頭より先に足が地面を
修司は近藤に体当たりするが、巨体は一歩よろけただけだ。「どうした?」と首を傾げつつ、修司の視線を追った近藤の目が恐怖に満ちる。
盾を生成すれば良かったのかもしれない。
けれど体当たりの衝撃に怪我の痛みが響いて、可能性も薄いその行為を選択する余裕など修司にはなかった。
逃げることもできずに恐怖を叫ぶ。
「うわぁぁぁあ!」
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