79 彼女たちの本音

 先導せんどうする彰人あきひとを追い掛けて、五人の後ろを修司が守る。

 少女たちはかかとの細いハイヒールで階段を駆け上がった。


 屋上へ差し掛かったところで一番後ろを走っていた少女が速度を緩めて、不本意な感情をにじませながら修司を振り返る。

 色で分けられた彼女達のうち、青色をまとうポニーテールの少女だ。


「本当は私たちだって逃げたくないんだからね?」


 自分たちの本意を代弁するかのように訴え、彼女はプイと再び進行方向へ向く。


 外に出た所で彰人が全員揃うのを待っていた。

 修司が横に走り寄ると、彼は屋上の隅を見据みすえて眉をひそめる。けれどそれは一瞬で、ジャスティの五人と奥のヘリポートへ急いだ。


 「きゃあ」と前を行く赤色の少女が、低い位置で結わえたツインテールを揺らしながら暗がりを指差す。桃也と戦った入れ墨坊主が地面に転がっていたのだ。

 白目をいたまま仰向けになっているが、胸の位置は上下している。足元に転がった彼の武器である長い棒は、中心から無残むざんに折られていた。


 彼の手首に銀環を見つけて、修司はあっと目を見開く。

 きっと桃也の仕事だろう。力の拘束こうそくは能力者の義務だが、彼を仲間だとは到底思えず、修司は「お前はトールになれよ!」と小声で言い捨てた。


 ヘリは準備万端じゅんびばんたんで五人を待ち構えていた。巻き上げる風が少女たちのスカートをバタバタとはためかせる。

 「どうぞ」と彰人にうながされ、低いタラップに足を掛けた緑色の少女が、上るのを躊躇ためらって地上へと視線を落とした。『逃げたくない』という青色の少女と同じ気持ちなのだろう。


 会場の周りは人で埋め尽くされていた。駅の方角へゆっくりと誘導されていくのが分かる。

 ライブが終わって突然キーダーが現れた状況を想像すると、混乱は少ない方だろう。

 緑色の少女が、手すりを掴んだ華奢な手に力を込めた。


「先になんて行きたくないよ」

「ここに残れば戦闘に巻き込まれるかもしれません。あそこに居るファンの為にも、僕は貴女達を無事に行かせなきゃならない。抵抗するなら力を使いますよ?」


 事は一刻を争う。念動力を操るキーダーに、華奢きゃしゃな五人を力ずくでヘリへ押し込むなど容易たやすいことだ。おどしのように口にして、彰人は顔を見合わせる少女たちの行動を待った。


 彼女たちの気持ちを通すわけにはいかない。ここにもしゆずるが居たら、彼女たちを必死に説得するはずだ。

 修司はヘリの起動音を逆らって声を張り上げた。


「俺たちに任せて乗って下さい。今日この会場には、俺の友達もいたんです。アイツはいつも楽しそうにジャスティの話をするんです。みんなに何かあったら、アイツや他のファンを悲しませることになる。だから、お願いします!」


 頭を下げて懇願こんがんする。それだけじゃ気が済まず、土下座までした。

 黄色担当のえりぴょんが、そんな修司に「全く」と言葉を掛ける。


「自分たちだけ先に逃げるってことはさ、当事者になってみると馬鹿げてる行動にしか思えないんだよ。けど、客観的に見ればやっぱり正しいのかな。私たちが今ファンのみんなの為にできる事って、それだけだと思うから」


 面と向かって話すえりぴょんは、話し方も雰囲気も修司が想像していた彼女とは違っていた。

 ヲタクフィルターが掛かった譲のせいで、彼女たちを手の届かない別次元の神聖な存在のように思っていたが、実際は動画や写真で見るよりも現実的で自分たちと変わらないのだと実感する。


「だから守ってね、みんなの事」


 鋭く怒りさえこもらせたえりぴょんの勢いに恐縮きょうしゅくしつつ、修司は「はい」と返事する。

 他の四人を先に乗せて、えりぴょんはクルクルに巻かれたロングヘアをかき上げながら、少しだけくちびるとがらせて修司を振り返った。


「近藤さんはあんな男だけど、それでも私はあの人の歌が歌いたくてジャスティに居るのよ」


 その言葉を残して、えりぴょんはヘリの中へと軽やかに飛び乗る。


「ヘリごと落とされたら大変だよね」


 ぴしゃりと閉まった扉を眺めて、彰人が悪い冗談を口にした。


「やめて下さいよ、彰人さん!」

「あはは。でも律はそんなことする人じゃないよ」


 彰人はにっこりと笑んで少女たちに手を振ると、コクピットのコージに合図を送った。

 修司は彰人に習ってヘリを離れる。


 起動音を増して離陸する機体は、あっという間に目線を超えて空高く上った。

 暗闇に映える銀色のシルエットを仰ぎ、修司はふと足元に起きた衝撃しょうげきに足を取られる。突き上げて来る気配に「うわ」と足を踏ん張らせ、彰人に支持を仰いだ。



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