78 五色を纏った彼女たちとの出会い

 夜景の見える会議室に彰人あきひとと二人取り残されて、修司は戸口を見やった。

 まだ生々しい血の色が、絨毯敷きの床を汚している。


「律さん、無事ですかね?」

「ここで彼女の心配するの? 律は敵なんだよ?」


 それは重々じゅうじゅうに理解しているつもりだが、心配してしまう気持ちを彰人あきひとにならこぼしてもいいのかなと思ってしまう。


「彼女を敵だと判断したなら、つらぬかなきゃ。曖昧あいまいな気持ちは君自身の命取りになるよ」

「貫く……」

「君が情を持ったところで、彼女は本気で殺しに来るだろうって事」


 彰人からの忠告だ。

 山へ行った時に感じた仲間意識を引きずっているのは自分一人だと感じて、修司は「すみません」と謝る。


「僕だって、そんなに薄情はくじょうな人間じゃないつもりだけど。今はそれ以上の事を考えちゃダメだよ」

「彰人さんも心配だって思いますか?」

「まぁ、死なないで欲しいとは思うよ。キーダーは人殺しじゃないんだから。ただ、お互い必至だからね」


 彰人は少しだけ感情をにじませて、「ところで」と足元を一瞥いちべつした。


「さっき下で気配が乱れてたけど、京子ちゃんも怪我けがした? まぁ桃也が一緒なら心配はいらないんだろうけど」


 気配だけでそこまでわかるのか。圧倒的な能力は、時計型の銀環の効果などお呼びではないらしい。

 修司が「はい」と頷くと、彰人は顔を上げて耳に手を当てる。イヤホン型の通信機に連絡が入ったらしい。


 「はい、わかりました」と応答した後、明るい口調でこちらの報告をする。


「ごめんね、二人とも逃がしちゃったんだ。律は大分だいぶ怪我けがしてるから、そんなに動けないとは思うけど。うん、こっちは無事だよ。綾斗あやとくんも? うん、そうだね――」


 相手の名前を聞いて、修司は彰人をのぞき込んだ。綾斗の所には美弦みつるがいる。


「美弦は無事ですか? そこに居るんですか?」


 ジェスチャー付きで大振りにアピールすると、彰人はふふっと笑って自分の耳からイヤホンを外した。「自分で聞いてみれば?」と修司の掌に差し出す。


 恐縮しつつも修司はそれを受け取って耳にあてがった。

 気持ちがいて、一方的にたずねる。


「綾斗さん無事ですか? 美弦はそこにいるんですか? 怪我してませんか?」


『あれ、その声は修司くん?』


 突然の交代に戸惑う綾斗の声に重ねて、


『ちょっ、通信で変なこと言わないでよ! 馬鹿じゃないの、アンタ!』


 キンと響いた美弦の怒号どごうに、修司は慌ててイヤホンを遠ざけた。けれど、彼女の元気な声に「良かった」と安堵あんどして耳に戻すと、横で彰人が目を細めるように笑む。


「それ付けてる人全員に繋がってるからね。アルガスにも筒抜つつぬけだから」

「ええっ。そりゃないですよ」


『俺も美弦も無事だから安心して』


 肩を落とす修司に掛けられたのは、綾斗のフォローだ。


『こっちもな。お前も気ぃ抜くなよ』


 別の声は桃也だった。大丈夫、みんな無事らしい。

 ホッと息を吐いて修司は通信機を彰人に返した。悪びれる様子もない上司をとがめることもできず、修司は改めて彰人に向き合う。


「俺の事アルガスに呼んでくれたのは彰人さんだったって聞きました。ありがとうございます」

「仕事だからね」


 毎度のセリフだ。確かにそれは本心かもしれないが、修司には妙に温かく感じられた。



   ☆

 彰人に連れられて会議室を出た修司は、二階の控室ひかえしつへと向かった。ジャスティの五人を屋上へと誘導し、ヘリへ乗せるというミッションだ。

 一般客の入れない裏側の階段を下り、大きくなっていくざわめきをよそに彼女たちの元へ走った。


 彰人がドアをノックすると、そろりと扉が半分だけ開く。中から顔をのぞかせた中年男に、彰人は「キーダーの遠山です」と身分証を示した。

 「お待ちしていました」と全開になった扉の向こうに異世界を疑う空気を感じて、修司は緊張に息を詰まらせる。


 中年男の背後に、華やかな五つの顔が並んでいたのだ。

 五色バラバラの衣装を着る彼女達を一人一人把握できていないが、黄色の服と頭のリボンで、えりぴょんだけは分かった。

 動画や写真で見るよりも、生で見るジャスティの五人がはるかにまぶしく感じ、目の前に立っているだけで圧倒させられてしまう。

 五人は彰人の顔を見るなり一瞬ざわめきを起こしたが、何故か修司に視線を移したところで元通りの彼女たちに戻った。


 中年男は五人のマネージャーということだ。小さなタオルハンカチでつるりと汗ばむ額を拭いながら、「この子たちをお願いします」とぺこぺこ頭を下げる。


「お任せ下さい。貴方はどうされます? 一緒に行きますか?」

「いえ、僕は誘導ゆうどうに回りますよ」

「分かりました。では、頼みます」


 彰人は「行くよ」と五人に声を掛けると、早々に部屋を後にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る