80 油断した

 足元に広がる衝撃と気配に「これは激しいね」と言いながらも、彰人あきひとに慌てた様子は感じられない。

 「俺たちも行きますか?」と修司は尋ねるが、彰人は「いや」と断った。


「修司くんは、もうちょっとアンテナ張る努力しとかないと駄目だよ」

「アンテナ?」


 それが敵への注意だと理解して、修司は言われるままに闇へと感覚を研ぎ澄ます。

 ヘリの音が遠のいて屋上に静寂せいじゃくが広がる。時折吹く風の音に耳を傾けると、くすぶるように沸く小さな気配をつかむことができた。


 ヘリポートの奥にある、別の階段の死角。明かりの届かない闇の中だ。


「それ、隠れてるって言わないからね」


 闇を見据えて、彰人が声を掛ける。


 「居たよ」と彼が告げた相手は、通信機の奥の仲間だ。

 「あぁ大丈夫だよ。こっちでやるからね」そう言ってスイッチを切る。


 硬い地面をズリと引きずる足音がして、闇に現れた黒い輪郭りんかくが彼女をかたどるのと同時に、その中心に白い円がぐるりと描かれた。


「え……?」


 咄嗟とっさの判断などできなかった。

 突如あふれた光と気配の猛烈な強さに、彰人が叫ぶ。


「修司くん!」


 声の大きさに驚いて、修司は目を見開いた。

 闇を走る閃光が修司のど真ん中を狙う。

 何が起きているのか理解する間もないまま、呆然としたまま手を引かれた。

 胴体への直撃を間一髪で逃れ、光は修司の腕をかすめていく。


「うわぁぁああ!」


 痛みよりも衝撃に我を忘れて叫んだ。

 真後ろに落ちた光がジュウと地面をえぐり、白く煙を立ち昇らせる。

 今度は別の光が修司の正面を塞いだ。


「ごめん、油断ゆだんした」

「いえ、ありがとうございます」


 防御壁を張った彰人が前へ出る。

 彼が居なかったら即死していたかもしれない恐怖に、修司は全身を震わせた。

 押さえた傷口に血が滲む。左腕に堅く縫い付けられた刺繍の真ん中に穴が空いていた。


 とりあえず生きていることに安堵あんどすると、今度はジリジリと患部かんぶが自己主張を強めてくる。

 「ああぁ」と痛みを声に逃がそうとするが、効果は薄かった。


生憎あいにく治癒ちゆは担当外なんだよ」


 そう言って彰人は自分の胸元に結ばれた緑色のタイを外し、修司の腕の付け根に「ちょっと我慢して」ときつく縛り付けた。

 素早く攻撃態勢に入った彰人の見据える先に、彼女がいる。


「律!」

「…………」


 返事はない。

 怒りを含めた彰人の声に、修司は肩を震わせた。普段取り乱すことのない彼が焦燥感を募らせている。


「修司くんを殺そうとしたね。道連れにするつもり?」


 律も腕を負傷しているが、修司の怪我がかすり傷に見えてしまう程に憔悴しょうすいしていた。

 血みどろの傷口を押さえながら力なく微笑む彼女は、身体のあちこちを赤く染め、つやのない髪を振り乱し、もはや修司の知っている姿とは程遠いものになっていた。

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