60 俺なんだ

「お前に話すのは早いって京子には言われた。けど、俺はもうそういうの隠さないって決めてたから」


 『大晦日の白雪しらゆき』と桃也とうやの過去が結びつくのだとしたら、その接点は何処だろうと修司しゅうじは記憶をめいっぱいまでさかのぼった。


 大晦日の夜、テレビに映った白い風景を見て『畜生』と吐いた颯太そうたの横顔をハッキリと覚えている。当時は深く考える事もなかったが、今思うとキーダーだった彼の想いが込められた言葉だったのだろう。

 事件は死者四人に負傷者八人を出した大惨事だいさんじでありながら、詳細は国民に知らされていない。アルガスや国がメディアと手を組んで、隠蔽いんぺいさせたのだ。


「本当のことが知りたいんだろ? アルガスにとっちゃ機密事項きみつじこうだけど、これは俺の事だからな。教えてやるよ」

「聞かせてくれるんですか? 知りたいです」


 興味本位なところが半分。残りは、自分の覚悟の為に。

 桃也は「分かった」と吊り上がった目尻を下げ、すみの棚から分厚いファイルを抜いてきて、修司の前にドンと置いた。

 黒い表紙に、数字の書かれた白のシンプルなラベルが貼られている。年数の記憶は曖昧あいまいだったが、年の瀬を示す日付に修司は息を飲んだ。


「ここの人たちは、ほんと紙が好きでさ。大っぴらにデータ化させたくないのは分かるけどよ」


 桃也は青いインデックスの位置を開く。

 そこには『大晦日の白雪に関する報告【まとめ】』と題目が書かれていた。記入日らしき日付は表紙の数字より一年以上後のものだ。綴られていた内容は確かにその事件に関する事だったが、修司にとって目新しい内容ではなかった。

 バスクの力の暴走によって起きた惨事さんじだと書かれているが、犯人についての記載きさいはない。アルガスにおいてもこれほどまでに情報がとぼしいのかと疑ってしまうほどだ。


 ページをインデックスまで戻して記入者欄を見ると『佐藤雅敏さとうまさとし』と書かれている。


「修司が泊ってた部屋のヤツだよ。マサは京子や綾斗あやとのトレーナーだった人だ」


 「そして」と桃也は先にある赤いインデックスをめくった。横からのぞき込む視線にかされて、修司は文章に目を走らせる。


 被害者名簿ひがいしゃめいぼだった。

 負傷ふしょうした八人に続いて、死亡した四人の名前が記されている。

 爆心地ばくしんちと言われる慰霊塔いれいとうが立つ場所には、かつて大きな一軒家いっけんやがあって、その家に住む家族が三人も犠牲ぎせいになっているのは一般的に公表されている情報だ。しかし個人情報はせられていて、修司はここで初めてその名前を目にした。


 唐突とうとつに知らされた現実に鳥肌が立つ。そして抑えることのできない涙が一気にあふれた。


「この三人って、桃也さんの……?」


 桃也の本名は高峰桃也たかみねとうや。そしてこの亡くなった三人の家族もまた『高峰』のせいが付いていた。

 桃也は「お前が泣くなよ」と笑い、修司の予想を肯定こうていしてうなずく。三人の年齢と性別から両親と姉だろうか。

 桃也を残して家族が一瞬で亡くなったというのか。その悲劇を想像しただけで、止めようとした涙が止まらなくなってしまい、修司は腕で目を強く押さえつける。


「すみません。でも、こんなことって。大晦日の白雪を起こしたバスクは一体……」


 感情が高ぶって取り乱す修司に、桃也は三呼吸分ほど長く目を閉じ、「俺も駄目だな」と目尻を指で拭った。「落ち着けよ」と前置きしてから、彼はその事実を口にする。


「大晦日の白雪を起こしたのは、俺なんだ」


「……えっ?」


 その事実は修司の予想を超越ちょうえつしすぎて、簡単に受け止めることなどできなかった。頭の中が真っ白になるというのはこのことだと実感する。

 何度頭で彼の言葉を繰り返しても、感情のどこにも引っ掛かってはくれない。


 長い夜が始まろうとしている。

 修司はまだその状況に気付いてはいないけれど。




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