57 待ちわびる影

 修司がアルガスへ帰宅するのはこれが初めてだ。

 夕食の時間だと告げられた七時には、まだ一時間近くの余裕があった。


 ピタリと閉まった門の前を、いつも通り二人の護兵ごへいが守っている。

 『ただいま』か迷って「戻りました」と挨拶あいさつすると、「お疲れ様です」と迎えてくれた護兵の陰にもう一つ影がある事に気付いた。

 小さな影の細く結ばれた髪が揺れている。


美弦みつる……?」


 呼び掛けると、憮然ぶぜんとした表情の彼女がそっと姿を現す。

 駅でもたくさん見掛けた緑色の制服は、美弦が初対面の時に着ていたものだ。何か言いたげな目がじろりと修司を睨んでいるが、口を強く結んだまま話そうとはしない。


「もしかして、俺の事待っててくれた?」


 修司が門をくぐると、無言のまま彼女は横に並んでついてくる。うなずいたのかどうかは分からないが、あごを引いてうつむいたままだ。


 バレている。

 彼女の中で怒りが爆発の時を待って巣篭すごもっているような気がした。

 単身で律に会いに行くなど、キーダーとして罰則ばっそくものだろうと覚悟すると、


「あの女に会いに行かないでよ」


 ようやく聞き取れる程の小さな声に、修司は足を止めた。そのまま歩いていく彼女の腕を掴んで、「おい」と引き留める。


 小さい頭が下を向いたまま、修司の言葉を待っている。

 律の所へ行ったことは後悔していないし、むしろ彼女から離れる覚悟ができたと思っている。


「あぁ、そのつもりだよ」

「アンタみたいなひ弱な能力者、捕まりに行くようなものだって自覚しなさいよ」


 声が震えている。

 見上げた彼女の目に涙が見えて修司は狼狽うろたえるが、美弦はポケットから取り出したハンカチでごしごしと目を拭い、改まって強気な視線を突き付けてきた。


「いい? 銀環をしているだけで目障りだと思う奴なんてごまんといるの。私だって小さい頃から陰口をいっぱい叩かれたもの。でも、今の自分は胸を張ってほこれる。それは自分の力で、そんな奴等さえも守ってやれる自信があるからよ。ホルスとキーダーは全然違うんだから」


 言い切った目がまた泣いている。


「もうホルスのトコになんて行かないで。私は……アンタをずっと待ってたんだから。私の敵になんてなったら、ぶっ殺してやるんだからね!」


 そう訴えて、美弦は修司の横を通り過ぎ、建物へと走って行く。

 夕闇の庭に取り残された修司は、消えた彼女の背を追って「ありがとな」と呟いた。


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