49 サードという肩書き
「なぁ、
二人の気配が消えた入口に視線を置いて、修司はボソリと
「何でそんなこと聞くのよ」
「いや、だってさ。京子さん泣いてたよな?」
「女性の涙が気になるんだ」
「はぁ? 何おかしなこと考えてんだよ。俺はただ──」
「ただ?」
昨夜の会話を喉の奥に閉じ込めて、「何でもねぇよ」と
「久しぶりに会ったんだろ? 恋人同士の再会にしては嬉しそうじゃないと思ってさ。まぁ、俺たちが居たからかもしんねぇけど」
「……キーダーって言っても色々あるのよ。桃也さんは
「へぇ。お前でも知らないんだ」
「お前って何よ。昨日も言ってたけど、何様のつもり?」
「あぁいや、悪ぃ。嫌ならやめとく」
「別に……いいけど。私もアンタって呼ぶし」
美弦は腑に落ちない顔で修司を睨みつけるが、諦めたように話を続ける。
「サードの実態はよく分からないけど、海外にも行く事もあるみたいよ」
「へぇ。キーダーの中でもエリートって事なのか」
「そう言う事ね。けど、サードは自分の事をそうだってあんまり言わないんですって。だからメンバーが誰なのかも分からないの。私ももっと強かったらって思うけど……」
死と隣り合わせる事を
「お前もなりたいのか?」
「折角力を持って産まれてきたんだから、キーダーとして最前線に立ちたいと思うのは自然な事じゃない?」
美弦は「当然でしょ」と仁王立ちのポーズをする。
「けど。こんな風船に手こずってるようじゃ遠い話よね」
美弦は急に弱気になって、右手で
彼女がその心情を
「そんなに急ぐことないんじゃねぇの? キーダーって十八歳位から力の
十八歳前後で使えるようになるから、前もって備えるために十五歳でアルガスに入るのだと
「ここに居ると、そんな悠長な事言ってられないのよ。最初からキーダーの綾斗さんだって、中学の時には力が使えたって言うし。アンタだってそうじゃない。バスク上がりのキーダーはエリートなんだから」
声を震わせながら、美弦は早口で
「いや、俺だって全然使えねぇし。この間一回打ったけど、銀環してからはもう……」
「一回でもいいの。強い力が使えるって確信が欲しいのよ」
目を真っ赤に潤ませる美弦。彼女との立ち位置が違いすぎて、掛ける言葉が見つからない。
「バスクだった奴の力ってのは、そんなに違うのか? 桃也さんもそうなんだろ?」
『新人みたい』だと言った彼も、『バスク上がり』なのだろう。
そんな彼の名前を口にした途端、美弦が真一文字に口を結んだ。複雑な心境を全部『怒り』に混ぜ込んで修司を睨み、
「桃也さんは元バスク。私より少し前にアルガスに入ったの。詳しくは言えないけど、桃也さんの力を見ると、やっぱり羨ましいって思っちゃう」
アルガスに来て銀環を付けても尚、開示される情報量の少なさに無力感を感じてしまう。キーダーになると断言すれば、この状況は変わるのだろうか。
「みんな色々事情があるのよ。そんな事より今はアレをどうにかしなきゃ」
少し話したつもりが、京子が提示したリミットを半分も過ぎてしまっていた。
美弦は天井を
「お前でも無理なのか?」
「何、そのカチンとくる言い方」
キッと強い視線を修司へ突き付けて、美弦は力の気配を表した。
胸ポケットに刺してあるペンを抜き、桃也を真似てポイと宙に投げて見せる。
ノック式のありふれたボールペンは修司の頭上を越えた所で重力を捕らえた。そのまま弧を描いて床へと落ちていく途中で、ペン先が下を向いたまま制止する。まるで動画を一時停止させたように、不自然に宙へ縛り付けられていた。
修司も昨日の朝までなら同じ程度の事ができたのかもしれないが、銀環をした今では僅かに動かせる自信すらない。試しに床に落ちたままの赤い風船の
「何かねぇのか?」
「ないから困ってるんじゃない。……けど、そうね。京子さんは発動の時、よく銀環に触れるの。おまじないみたいなものだって言ってたけど」
言われるまま修司は右手で銀環に触れてみるが、思うようにはいかなかった。
「ダメだ。じゃあ、指鳴らすとかは?」
「何それ。勘違いのキザ男みたいで、横でやられたら笑いそうだからやめて」
「そう言うなよ。やってみないと分からないだろ?」
修司は軽く美弦を睨んで、指を鳴らそうと試みるが、発動どころか音すら鳴らなかった。
「くそっ」
「カッコ悪っ」
呆れたように溜息をついて、美弦はペンを空中でクルクル回して見せる。プロペラのように中心を軸に回転させる様は
やはりきちんと訓練してるだけある。修司は「凄いじゃん」と歓声を上げるが、美弦は眉をハの字にし不服そうに零した。
「全っ然凄くない。距離が遠いと意識がブレるのよ。桃也さんみたいにはできないわ」
美弦はペンを今度は青い風船目掛けて飛ばした。弾かれたように跳び上がったペンは修司の期待を
「やっぱり届かないか。でも、とにかくやってみるしかないわね。道具を持ち上げるより、風船を落とした方が簡単かしら。アンタもやってみなさいよ」
美弦は両手をいっぱいに天井へ伸ばし、力を風船へと集中させる。
隣に居て驚く程、彼女から沸き立つ気配は強いのに、
こんな風に力を使うのは久しぶりだと、修司は今までの事を振り返った。
力を使えば痕跡が残る。平野と何度か山へ行ったことはあるが、それ以外で動力系の訓練は殆どしていなかった。
力を隠す事、感情を高ぶらせないこと――幼い頃から颯太に言われ、気配を隠す事だけに集中してきた結果がこれだ。
「あぁ――でも、そうか。これならできるかも」
突然の
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