45 星印の趙馬刀

 腕立て伏せと腹筋の計400回は、女子二人に付いていくだけで精一杯だった。

 「やります」と意気込んだものの、大分後れを取った400回目のカウントを叫んだ時には、腕と腹がビクビクと痙攣けいれんしていた。

 腹筋の姿勢から大の字に転がって、ようやく落ち着いたところで気分の悪そうな京子に気付く。


「具合悪いんですか?」


 修司は寝ころんだまま、体操座りのひざに顔を埋める京子に声を掛けた。


「ちょっと昨日飲みすぎちゃって。流石にまだ残ってたみたい」


 昨夜の泥酔でいすいした彼女と、毅然きぜんとした彼女が、ようやく一致いっちする。朝は平気そうだったが、少し無理をしていたらしい。

 「大丈夫」と京子は強がるが、明らかに顔色が良くなかった。


「あとは指示だけで構わないんで、休んで下さい」

「ありがと美弦みつる。でも、これくらいでリタイアなんてできないよ」


 ようやく空調の効きを実感してきた所で、京子は「よしっ」と気合を入れると、ポケットから取り出した棒のようなものを修司に差し出した。


「貴方の武器だよ」

「これが……ですか?」


 それが刃の付いていない黒いつかだと理解して、修司は律たちと行った山でのことを思い出す。


 ──『キーダーは趙馬刀ちょうばとうっていう柄を持ってて、それが力をコントロールしてくれるの。思いのままに刃を付けて物理的に戦う事ができるのよ』


 これの事だろうと納得しながら修司がそれを両手で受け取ると、京子は「趙馬刀ちょうばとうだよ」と予想通りの名前を口にして、別の同じものを腰から抜いた。

 グリップの手前が馬の頭の形になっているのは、その名の由来だろうか。


「カッコいいですね」

「アルガス解放より前は、普通の柄だったらしいよ。改良した当時の技術部がそれにしたんだって。責任者は馬好きで有名な人だからね」


 「へぇ」と修司は眉を上げるが、京子は何故か微妙な顔で笑って見せた。

 実際手にしてみると、思い描いていたものより細く重量を感じる。


「手ぶらで光を飛ばすこともできるけど、接近戦にはこっちが効果的だから」


 京子は立ち上がり、誰も居ない方向へと趙馬刀を構えた。


「戦闘が得意な人もいるし、綾斗みたいに人一倍感覚が鋭いタイプもいる。一概いちがいにキーダーって言っても色々なんだよね」


 京子から突然、強い力の気配が沸く。彰人あきひとの作り出す刃とは柄がある分見た目が異なるが、青白い光の刃は同じだ。


 京子は身体をひねり、刀を振って見せる。

 それが超馬刀の能力かどうかは分からないが、彼女の刃は光がピンと張り、宙との境界線にブレがない。光だけで形成されていることを疑ってしまう程だ。


「いきなりだけど、修司って呼んでもいい?」

「え? あ、はい」

「ホント? 会ったばかりだし、許可取らなきゃって思って」


 唐突とうとつな質問に答えると、京子は「良かった」と微笑む。

 身内以外の女性に呼び捨てにされるなんて初めてだった。不思議な響きに酔いつつ、京子から渡された趙馬刀を確認する。


「それはいつでも使えるようにしておいて。貴方の歳で銀環してたら、周りからはキーダーにしか見えないから」

「そう……ですよね」

「バスクに狙われるかもしれないっいことよ」


 面白がる美弦の言葉に、修司は緊張を走らせた。

 確かに銀環を付けていれば、それが例えレプリカであったとしてもキーダーかもしれないと思われるだろう。キーダーになることはそういう事なのだと改めて気付かされた気がする。 


「狙われることってあるんですか?」

「滅多にないよ。けど、ないわけじゃない。いざという時に戦う武器があるのとないのとでは大違いだから」


 見様見真似みようみまねで構えると、柄の裏側に明らかに後から付けただろう星印が刻まれている事に気付いた。


「これは?」

「正式にキーダーになるまでだと思って。新品じゃなくて申し訳ないけど、これは今まで何人ものキーダーが使ったものなの。みんなの戦いが染みついてるから、修司を守ってくれますように」

「そうなんですか。一回試してもいいですか?」


 「もちろん」という返事に意気込む。

 山での事を思い出して力を込めてみるが、現実はそう甘くはなかった。


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