44 女子女子男子

 四階建てのアルガスは三階と四階の殆どが吹き抜けになっているのだと、前を歩く二人の女子がきゃあきゃあと声を弾ませながら説明する。その雰囲気は、さながら学校の休み時間のようで、戦闘訓練をしに行くようには見えない。

 

 三階の長い廊下の先にある扉を潜ると、白一色の空間が広がった。訓練用のホールは予想を超える広さで、修司は「わぁ」と歓声を漏らす。

 学校の体育館の倍はあるだろうか。遥か高い位置にあるフラットな天井と小さな窓のせいで、巨大な箱に入っている気分だ。


「何でこんなに暑いの。まだ五月だよ?」


 初めての場所に興奮する修司など気にも留めず、京子が感じたままの不快感ふかいかんを口にする。

 入った途端、モヤリという生暖かさが全身に張り付いたのは事実だ。軽装けいそうの修司でさえ暑いと感じるのに、女子二人は制服のジャケットをしっかりと着こんでいる。

 ハイヒールを鳴らして、京子は早々に入口横に取り付けられたパネルを操作して戻ってきた。


「これだけ暑いと、涼しくなるまで大分かかるかな」


 少し遅れてゴウンという機械音が響く。

 彼女は空調のスイッチを入れたらしいが、流石にすぐは実感できず、風が吹いてくる感じもしなかった。


「どんな状況でも戦えるようにって、訓練は制服着てやるのが決まりなの。来月になったら半袖になるから、それまでの辛抱ね」

「私はどちらかっていうと、冬の寒さの方が苦手です」

「わかるぅ。ホントここ底冷えするもんね」


 両腕を抱えて京子が冬の寒さを表現する。何だか女子だけの部活に紛れ込んでしまった気分だ。


 このホールはキーダーの訓練場で特殊とくしゅ構築こうちくになっているらしい。『大晦日の白雪しらゆき』クラスの衝撃には余裕で耐えられるという事だが、それだけの危険な訓練をする場所だというのに二人には緊張感がまるでなかった。


 そして京子は「とりあえず」と仁王立ちになって腕を組み、最初の訓練を告げる。


「さくっとアップしちゃおっか。まずは腹筋と背筋を二百回ずつね。修司くんはゆっくりでいいから」


 「えっ? 俺もですか?」と思わず本音が零れる。

 ここに移動している時から嫌な予感はしていた。ついさっき颯太そうたが言っていた『キーダーの基礎鍛錬きそたんれん』というものだろうか。

 いやそれより訓練への参加は、キーダーになるかどうか選択する十日間の猶予ゆうよの後からだった筈だ。


 アルガスの緩い空気にどんどん流されていく状況を止めねばとあせって、修司は広げたてのひらを胸の前でぶんぶんと振るが、京子は「大丈夫」と根拠こんきょのない笑顔を見せる。


「部屋で悶々もんもんとしてても、ナーバスになるだけだよ。まだ午前中だし、美弦も一緒だから。ね?」


 腕立て腹筋二百回の時点で修司にとっては『拷問ごうもん』なのだが、京子が言う様に部屋へ戻ってもやることなど何もなかった。

 それに彼女たちに弱音を吐くのは男子たるプライドが許してくれず、「すぐ慣れるわよ」という美弦の言葉を信じて床に腰を落とした。



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