16 彼はアイドル好きの塩顔男子

 次の金曜がやってきた。

 りつに会って、まだ数日。進展といえば、アドレス交換の後にメールを送り合った事くらいだろうか。

 あの夜の礼を添えて名前と電話番号を送信すると、数分置いてから、


 『了解(はあと)これからもよろしくね(はあとはあと)』


 と、ハートの絵文字満載まんさいで短い返事が来た。

 そこから何か気の利いた言葉でも返せば良かったのかもしれないが、大人の女性とのコミュニケーション能力など持ち合わせておらず、そこで交信はぷっつりと途絶えてしまった。


 放課後、修司はようやく訪れようという休日に胸躍むねおどらせて、覚えたてのメロディを口ずさみながら帰り支度をしていた。

 律に会った日のカラオケで、クラスメイトで友人のゆずるが熱唱していた曲だ。

 国民的アイドルグループ『ジャスティ』の新曲だった。


 普段アイドルには興味もなかったが、同じ曲を五回も六回も連続で聞かされては、その気がなくても覚えてしまう。

 それに、カラオケで流れたPVを見ながらその一節を聞いた時、修司の心がチクリとうずいた。


 ――『私は貴方が好きじゃないけど、貴方と一緒に運命を突き進みたいの』


「だから、勘違いしないでぇ」


 メロディラインを外れたダミ声が重なって、修司は「あちゃあ」と閉口する。

 右斜め後ろの席から譲がニヤニヤと拳をマイクに歌をつなげてきて、歌詞への想いも霧散むさんしてしまう。


 疲れた溜息をらす修司に、譲はうんうんと一人満足気に立ち上がった。


「お前にもようやく、えりぴょんの可愛さが理解できたんだな」


 えりぴょんはジャスティのメンバーの一人で、この新曲ではメインボーカルを担当している少女だ。

 後ろから首に回された腕を三秒だけ我慢してから、修司は面倒顔で引き剥がす。

 「帰るぞ」とリュックを背負って、早々に教室を出た。


 入学したばかりの頃、席が前後という理由だけで壁をぶち壊してきた譲のお陰で、それなりに楽しい高校生活を過ごせている。知らない土地への不安も、あっという間に消すことができた。


「けど、同担かぁ。ライバルとしては申し分ないけど、えりぴょんの競争率は激しいぜ?」

「競争率って。別に恋人にしたいってわけじゃないだろ?」

「当たり前だ。えりぴょんはみんなのものだからな! 俺は、握手会で列に並ぶ時間とか、グッズの入手率の話をしてんの」


 駅までの徒歩十分で、えりぴょんの素晴らしさとやらを熱弁をする譲。

 ぱっと見モテそうな草食系塩顔男子なのに、そんな趣味のせいで女子に距離を置かれている感がいなめない。

 けれど幸せそうに話す譲を見ているだけで飽きなかったし、オープンに話せる話題が少なかった修司にとっては、うまく相互関係が取れる相手として申し分なかった。


 混雑する電車の窓際で外を眺めていると、停車したホームの向こうに並ぶ商業ビルに、ジャスティの新曲をPRする巨大なポスターが貼られていた。黄色の衣装を着てセンターで微笑むえりぴょんに、譲が「うぉう」と歓喜の雄叫びを上げる。


「「すすみたいの」って言った時アップになる、えりぴょんの唇がたまんないんだよね」

「そういうの声に出さない方がいいと思うぜ」


 側に居た他校の女子が、いつしか離れた場所へ移動して、不快感たっぷりの視線を送ってきていることに譲は気付いているだろうか?


 そんな譲の妄想メーターを最大値まで上げるえりぴょんのPVだが、修司には彼女がどんな表情で歌っていたのかを思い出すことができなかった。

 スマホにダウンロードして何度も繰り返し聞いたそのメロディに乗って脳裏に浮かんでくるのが、えりぴょんではなく美弦みつるだからだ。


 律に会った時、一瞬視界に飛び込んだ彼女が脳裏から離れない。

 美弦に会いたい率直な気持ちと、バスクとして律の所に居たいという後ろめたい気持ちが交錯して胸が痛むが、それでもその曲を聴いていると純粋に美弦に会いたいという想いが溢れてきた。


 乗換駅で譲と別れ、修司はスマホにイヤホンを挿して、その曲に耳を傾ける。

 サビのパートを何度も繰り返し、電池の残量がヤバいと思った所で一通のメールが入った。


 この週末に修司は密かな計画を立てている。

 それは律のアパートに自転車で行ってみようかという事だ。彼女がそこに居なくてもいい、ただあの夜をきちんと納得したかった。

 同じ路線でたった四駅――運命さえ感じている。


 メールの送り主を見て修司は慌てて音楽を切った。

 改まってメールを開くと、ハートマーク満載の画面が現れる。


 脳裏に描かれていた美弦が一気に舞台裏へと下がり、次の役者が登場した。



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