3 不機嫌な彼女との出会い

 颯太そうたと半日遅れで上京した修司しゅうじは、新居と逆方向の海側へ向かう在来線に乗り換えた。


 幾つかの駅を過ぎた所で、風景の奥に際立つ塔が現れる。

 青空から降り注ぐ春の日差しを受けて白銀はくぎんに輝く背の高い三角の塔は、『大晦日の白雪おおみそかのしらゆき』の慰霊塔いれいとうだ。


 その詳細は一般人に公表されていないが、盛大な慰霊祭いれいさいが毎年テレビに流れる度に、「馬鹿はするなよ」と平野が口癖のように言っていた。


 彼の言葉は推測すいそくではなく確信だ。

 四人の命を奪い八人の負傷者を出した事件がバスクの起こしたものだと考えると、恐怖さえ込み上げてくる。


 力で誰かを傷つけようと考えたことはない。

 キーダーと同じ能力があると言われてはいるものの、それを自覚する程の力が修司にはまだ身にはついていなかった。

 十五の今になってようやく光を生み出せるようになったが、気持ち程度のささやかなものだ。


 ビルの陰へ消えた慰霊塔から車内へ視線を返すと、程良く電車は目的の駅へと辿り着くたどりつく


 開かれたドアをくぐる人はまばらだ。

 修司は走り出す車両を背にホームからの風景を眺めた。


 ここはキーダーの町だ。

 彼等の本拠地ほんきょちである「アルガス」の本部がある。

 全国にアルガスの施設しせつは幾つかあって、ここに平野がいる保証はないが、もし会えたら迷わず自分もキーダーへ名乗り出ようと決めていた。

 自分の居場所だと思っていた彼のかたわらを失って、やみひそませてきた力をどう導いて良いのか分からなくなってしまったからだ。


 アルガスの茶色い建物を目視することができず、スマホで地図を確認しながら改札を出る――その時、


「ねぇ、ちょっといい?」


 背後から掛けられた声に修司は足を止めた。

 聞き覚えのない若い女の声なんて普段なら気にもしないのに、閑散かんさんとした駅には他にほとんど人が居なかった。


「俺……ですか?」


 そろりと身体を向けると、目線を大分下げた位置に相手の顔があった。

 ブレザーの学生服を着た小柄こがらな少女だ。中学生だろうか。


「アンタしかいないでしょ?」


 あごを突き出すように修司を見上げる彼女の両手が、バランスを保つように腰にえられている。

 少し釣り目で可愛い顔なのに、なんて高飛車たかびしゃなんだろう。そう思いつつも本音は隠して「そうですね」と返した。丁寧な言葉を選ぶが、抑揚よくようのない単調な音で気持ちを表しているつもりだ。


 彼女は深緑色のジャケットの下に短い格子柄のスカートを揺らしながら、


「ねぇ、アルガスってどこにあるかわかる?」


 と、修司の心を見透みすかしたように、その場所をたずねてきた。


「……え?」

「知らないならいいけど。この駅に下りるくらいだから知ってるんでしょ?」

「そのセリフ、そのまま返してやってもいいんだぜ? 文句付けるくらいなら、駅員に聞いた方が早いんじゃないのか?」

「だって、貴方がすぐ近くに居たんだもの」


 なんか文句ある? と言わんばかりに頬を膨らませる。

 真っすぐに突き付けられる大きな瞳をにらみ返し、修司は「あのなぁ」と溜息ためいきを吐き出した。


「側に居たら誰だっていいのかよ。第一お前、初対面の人間に対してその態度はないんじゃねぇの? しかもそっちが道聞いてるわけだし」

「たいして歳も変わらないのに、文句言うんじゃないわよ」


 引き下がる気はなさそうだ。

 修司は呆れながら彼女を足元から見上げていく。小豆色あずきいろのローファーに真新しい緑色の制服。サラサラのボブヘアのてっぺんは、修司のあごの高さだ。


「歳も変わらないって、お前中学生だろ? 一年生か?」

「私の事、チビだって言いたいの?」


 確信を持ってそう言ったつもりが、彼女はみるみると鬼の形相へと変貌へんぼうさせて怒号どごうを吐いた。

 向こうを歩いていたサラリーマン風の男が声の大きさに驚いて、チラとこちらを振り返るのが見える。


 彼女は更にり返って修司を見上げ、自分の胸元に絞められたえんじ色のタイをバンバンと叩いた。


「この制服が分からない? 東黄とうおう学園の制服よ。こう見えても十五なんだから」

「えっ、俺と同じ歳? 本当に?」

「ほうら、言った通りじゃない」

「マジかよ……」


 勝ちほこった顔をする彼女からは、身長と童顔のせいで年相応の色気を微塵みじんも感じ取ることはできない。


「で、その十五歳女子が、アルガスなんかに何の用なんだよ」


 修司は強がって、地図検索したままのスマホを起動させる。

 別々に目的地へ向かった方が平和だと思ったが、彼女は突然「あぁっ」と西を振り向き、「やっぱりいいわ」と呟いた。

 そしていぶかし気に眉を寄せ、修司に視線を返す。


「そういえば同じ歳って言ったわね。アンタ、もしかしてキーダーなの?」


 ぽつりと出たその言葉に、修司は背筋を震わせた。

 平野に習った技を素直に使って、苦手ながらも日常的にずっと気配を隠していたつもりだ。


「何言ってんだよ。同じ歳だとキーダーなのか? 見ただけで分かるのかよ」


 思わず声が上擦うわずってしまう。けれど女は眉をひそめて、


「十五歳はキーダーが家を出てアルガスに入る歳よ? 見ただけで判る程、私はまだ敏感びんかんじゃないわ。もしかしてって思っただけよ。そうよね、今回は私だけだって聞いてたし……」


 そんな話を昔颯太そうたがしていた気もするが、はっきりと覚えてはいなかった。

 それより、


「私は、って。お前……」


 彼女の視線が修司の腹の辺りへ落ちる。

 何か言いたげな唇を押さえた彼女の左手首に銀色のを見つけ、修司は息をみ込んだ。


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