4 バレた

 彼女の細い手首に巻かれた銀色の環を、時計かと疑ったのは一瞬だ。そうでないとすぐに理解できた。

 銀環ぎんかんはキーダーの証。国が彼等の膨大な能力を抑え込む為に付けさせているという。


 初めて見る実物に驚いたのも束の間つかのま、彼女の視線がするどく修司を突き刺してきた。


「ちょっとアンタ……まさか、よね?」


 彼女の声が震えている。

 一瞬ひるんだ表情に息を吞むと、彼女の小さな左手が躊躇ちゅうちょなく修司の右手をつかんだ。


 「おい!」と反射的に振り払うと、彼女は自分のてのひらをじっとにらみつける。

 ほんの一瞬れた手の温もりに、修司もまた違和感いわかんを感じた。


 懐かしいような不思議な感覚だ。微々びびたるものだが、平野と同じ気配を彼女から感じることができて、確信と共に修司は愕然がくぜんとした。


「お前……」

「何でバスクがこんなトコにいるのよ」


 嫌悪感けんおかんをたっぷり含んだ彼女の視線と声。


「俺にだって、事情があんだよ」


 突き返すようにそう言って、修司は警察に投降とうこうする犯人よろしく、両手を彼女へ差し出す。


「けど。お前がキーダーだって言うんなら、俺の事つかまえて手柄てがらにしてくれてもいいぜ」


 バスクを捕まえるのはキーダーの仕事だ。

 こんな結末など予想もしていなかったが、気持ちのどこかで安堵あんどしている自分が居て、修司はそっと胸をで下ろす。


 けれど彼女はすぐに修司を捕まえようとはしなかった。


「はぁ? 何それ。刑事ドラマの見過ぎじゃないの?」

「何それって、お前キーダーなんだろ?」

「アンタは捕まるためにここへ来たの? だったら自分で行きなさいよ。それとも何? 見つかったら仕方なくキーダーになってやろうとでも思ったわけ? ゲームか何かだと思ってるなら迷惑きわまりない奴。馬鹿じゃないの?」


 非難する彼女の言葉に修司は言い返すことができなかった。

 彼女と同じ力を持って生まれた。それなのに銀環をして縛られた彼女と、自由なはずの自分の立場が逆な気がして、急に自分の運命を呪いたくなってきた。


 誰にも言うまいと縛り付けていた感情が、彼女との出会いでするすると解けていく。

 駅に入って来た電車の音にき消えそうになる修司の声に、彼女は「え?」と耳を傾けた。


「お前は小さい頃からキーダーだったんだろ? ちやほやされて生きてきたんじゃねぇか。そんな奴に俺の気持ちが分かるかよ」


 自由に生きるためにと閉ざしてきた力には窮屈きゅうくつさを感じるばかりだ。もし最初からキーダーとして周囲に受け入れられていたら、どれほど楽だっただろう。

 しかし彼女の口から返された言葉は、頭上のアナウンスをぶった切るような鋭い罵声ばせいだった。


「ふざけんな! アンタにだって私の気持なんかわかんないわよ!」


 一瞬涙を引き起こすようにゆがんだ表情が、次には怒りの形相ぎょうそうへと変わる。

 逆鱗げきりんに触れるどころか鷲掴わしづかみにしてしまったような反応だ。

 押し黙る修司に詰め寄り、彼女はいきり立った声を上げた。


「そんな曖昧あいまいな気持ちでキーダーになろうとしないでよ。今度会ったら絶対に捕まえてやるんだから。そしてとっととトールになればいいのよ」

「トール? って、何?」


 彼女の言葉に押されつつ、修司はどうにかその単語を聞き返した。

 初めて耳にする言葉だ。


「そんなことも知らないの? キーダーの力はキーダーの力で消すことができる。そうやって力を消した人間のことをトールって言うのよ」


 力を持って生まれた能力者のうち、銀環ぎんかんをはめて国の管理下にあるのがキーダー。

 国の管理を逃れて身をひそめるのがバスク。

 トールは、元々力がありながらもその能力を故意に消失しょうしつさせた人間の事――と彼女の説明を聞いて、修司は納得しながら情報を整理した。


「別にトールになる事は悪いことじゃないと思ってる。キーダーの仕事は特殊だし、なりたくないならならない方がいいと思うの」


 少し落ち着きを取り戻した彼女は、あきれ顔をにじませたまま手首の銀環を逆の手でそっとでた。


「でも何で捕まえるのが今じゃなくて次なんだよ」

「私は正式な着任ちゃくにんが明日なの。今日はまだアルガスの人間じゃないし、挨拶あいさつに来ただけよ」


 キーダーの仕組みとやらが修司にはまだ良く分かっていなかった。

 そういうものなのかとうなずくと、彼女はまた仁王立ちのポーズで小さな胸を張って見せた。


「だから今日だけよ? バスクは危険だって言うけど、アンタのこと信じる。何かしたら今度こそ私が捕まえるから」


 「わかった」と頷いて、修司はアルガスの方向を仰いだ。

 壁にはばまれて姿は見えないが、彼女が感じ取ったように修司にもその気配ははっきりと分かる。


「少しだけ付いて行ってもいいか?」


 建物を一目見てから帰ろうと思った。そしてまだ躊躇ためらっている。

 もう少し近付いたら、平野に会えるかもしれない――その可能性を捨てきれなかった。


「変な奴。好きにしたら?」


 彼女は否定せず、青灰色の石畳が敷かれた道を先に歩き出した。



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