39 カニ鍋を突く仲

 長いの付いたを手に現れた空閑久志くがひさしは、マサの同期四人組の一人で、技術員を兼任する北陸支部のキーダーだ。

 顔のラインで切り揃えられたおかっぱ髪と白衣がトレードマークで、年季の入った皮ベルトの時計と銀環ぎんかんの並んだ左腕を持ち上げて、これ見よがしに前髪を払ってポーズを決める。


 綾斗あやとは突然の抱擁ほうように乱れたタイを直しながら「元気そうですね」と苦笑いした。


「久志さんに貰った金のだるま、ちゃんと部屋に飾ってありますよ?」

「うんうん、綾斗はいい子だね」


 満足そうな久志と面倒そうな綾斗を交互に見つめて、京子は「そっか」と声を挟んだ。


「綾斗この間まで北陸にいたんだもんね」

「そうそう。僕と綾斗は、同じ鍋でカニをつつき合う仲なんだよ」

「間違ってはいないですけど……」


 久志は特別感をアピールするが、綾斗はこっそりと苦笑いを浮かべる。


「いいなぁカニ鍋。東京に居ると、食べる機会なんて殆どないし。なんか久志さんに会うの久しぶりな気がします。もしかして昨日の総会で来てたんですか?」

「そういうこと。久しぶりの東京だから、色々満喫させてもらったよ」


 そういえば昨日マサが彼の名前を口にしていたのを思い出し、京子は「久志さん」と彼に詰め寄った。


桃也とうやの指輪、久志さんが作ったって聞いたけど本当なんですか?」


 久志が鋭い猫目を光らせて「まぁね」と胸を張る。

 彼が桃也と面識があったなんて、想像もしていなかった。


「京子ちゃんが桃也と付き合ってるって聞いた時は、僕も驚いたんだよ」

「ちょっと、それって誰からの情報なんですか? マサさんにバレたの最近ですよ?」


 桃也がバスクだという事を京子は今まで全然知らなかったのに、何故こうも自分の話題はあっという間に流れていくのだろう。


「まぁそれは内緒ってことで。『大晦日の白雪』の後、桃也は少しだけ僕たちのトコに居たんだよ。けど桃也がバスクだって京子ちゃん気付かなかったんでしょ? 僕の仕事って完璧じゃない?」


 ずっと姉の形見だと言っていた桃也の指輪が、実は久志が作ったものだという。彼の名前がそのエピソードに出てきた途端、だまされたという思いが強くなってしまったのは何故だろうか。


「完璧ですよ。疑ったことさえなかったんです。私は桃也の事、何も知らなかった」

「僕も最初は驚いたけどさ、マサのことも許してやってよ。アイツ桃也を守るのに必死だったんだから。それよりさ、これを──」


 神妙な顔をする京子の肩をポンと叩いて、久志は持っていた黄色い紙袋を差し出した。


佳祐けいすけから京子ちゃんにってお土産預かったんだ。アイツ昨日帰っちゃったけど、京子ちゃんに会いたがってたよ」


 佳祐はマサ・やよい・久志に続く、『同期四人組』最後の一人だ。

 九州支部のキーダーは彼一人しかいない。そのせいでいつも忙しそうにしているが、面倒見が良く京子にとっては優しい兄のような人だった。


「私も佳祐さんに会いたかったな」


 紙袋に印刷された有名店のカステラマークを確認して、京子は「やったぁ」とはしゃぐ。


「それで、そのさすまたは何なんですか?」

「聞いてくれる? これは僕が作った特別なさすまたなんだ。護兵ごへいや施設員でも扱える武器だよ」


 久志はさすまたを構えて、手元のスイッチをカチリと押した。

 ビインと音が鳴って、Uの字に開いた先端にバチバチと光が走る。けれどそれはすぐに消えてしまった。


「ちょっと不具合多いんだけど、これなら暴漢にも太刀打たちうちできるでしょ?」

「当たったら大分痛そうですね」


 つまりスタンガンを大きくしたものらしい。不具合さえなければ破壊力は抜群だろう。

 久志は細いを撫でながら、残念そうに呟く。


「僕はここに金沢らしく金箔を貼りたかったんだよ。なのにウチの二人が反対してさ」

「でしょうね」


 二人というのは、彼の助手である双子の少女だ。まだ入って浅い彼女たちに、久志は頭が上がらないらしい。

 久志は京子にその長い柄を握らせると、「ごめん」と両手を合わせた。


「これ朱羽あげはちゃんに届けてくれないかな」

「朱羽に? 彼女が欲しいって言ったんですか?」

「そうじゃなくて。報告室のオジサンたちが彼女にってね。朱羽ちゃん事務所に一人だから心配なんだってさ」

「えぇ? 朱羽はキーダーですよ? また特別扱いして。久志さんが持っていったらいいんじゃないですか」

「そういうこと言わないでよ。僕だって行きたいけど、あそこの事務所に出禁食らっててさ」

「出禁って」


 黙っていた綾斗がいぶかしげに彼を伺う。


しばらく来ないでって言われちゃったんだ」


 そのシーンが何となく頭に浮かんで、京子は綾斗にこっそりと耳打ちした。


「私の同期なんだけど、男の人が苦手なの」

「そうなんですか?」


 そして京子は久志に思っている事を告げた。


「何やったか知りませんが、久志さんは距離が近すぎるんだと思いますよ」


 「そうかなぁ」と本人は自覚がないらしい。


「僕そろそろ帰るけど、二人も欲しかったら今度来るとき持ってくるからね」

「いえ、結構です」


 京子と綾斗の声が揃って、久志は「そうか」と白衣をひるがえした。


「じゃ、何か別のもの持ってきてあげるから、それは頼んだよ?」


 押し付けられたさすまたを握り締め、京子は去っていく久志を見送った。



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