73 半分だけの本音

「受け取って、爺!」

 

 放った一発の衝撃に全身が悲鳴を上げ、京子は歯を食いしばる。だが確実に大舎卿だいしゃきょうがそれを受け継いで、浩一郎へと攻撃を連打した。


 「ぐぁ」と悲鳴を上げる浩一郎は、背後から羽交はがい絞めにする平野の腕を全力で逃れる。

 再び三人が向かい合う形になって戦闘が始まろうとするその時、浩一郎の目があらぬ方角を一瞥いちべつした。

 京子が最初に気付くのと同時に、辺りに散らばった鉄塔の残骸が宙へバンと音を立てて跳ねる。


 彼の企みに、京子は無我夢中で地面を蹴った。


「駄目!」


 何をすればいい?

 桃也のお陰でどうにか足は動くが、攻撃力は殆ど残っていない。


「そうだ、これは?」


 ポケットに一粒だけビー玉が残っていた。その一つに奇跡を求めて空へと投げる。

 注意を逸らせればいいと思って、京子は手首の銀環に触れると渾身の一発を彼の目に投げつけた。

 けれど浩一郎はすぐそれに気付く。跳ね返されたビー玉と共に、鉄塔の残骸がザッと鉄の雨を降らせた。


 身構える大舎卿と平野を前に、浩一郎がニヤリと笑う。


「駄目か」


 しかし次の策を考えて、京子は彼の視線に気付いた。

 浩一郎ではなく、長官の首だ。

 彰人に投げつけて粉砕した胸像は、その怨念でもはらんだように顔だけが無傷だった。


「お願い、これで終わらせて!」


 少し離れた地面に転がるニヤけ顔に勝機を掴んで、京子は力を集中させる。

 跳び上がった首が浩一郎の頭を目掛けて、クリティカルヒットを決めた。


「ぐはあっ」


 衝突の寸前で避けられ、狙いを外される。それでも肩に当たった衝撃は、彼を制止させるのに十分だった。


「やったぞ、京子」

「凄ぇな、姉ちゃん」


 大舎卿の歓声に、平野が続く。


「本当に? 本当に終われる?」


 大舎卿の手が、がっくりと頭を垂らした浩一郎の手首を掴んだ。触れた肌の隙間から白い光が溢れて、みるみると赤い色を燻ぶらせていく。


「そうか。こんな戦い方もあるんだ」


 駆け付けた桃也を振り向いて、京子はその状況を説明した。


「爺は彼を、今ここでトールにする気だ」


 横で彰人が目を見開く。彼にとっても予想外の展開だったらしい。

 浩一郎から湧き出ていた刺さるような強い気配が、少しずつ引いていくのが分かる。うつろな表情で大舎卿を見る彼の顔は、さっきまでの覇気がすっかり抜け落ちていた。

 赤い炎は、シュウと煙を吐くような音を立てる。


「おい英雄の爺さん、早くしろよ」

「だから爺さんはヤメロ。今終わらせるから、もう少し踏ん張れよ」


 浩一郎を全身で押さえつけたまま、平野は大股開きの足に力を込めた。

 赤い光は彼の不満を一蹴するかのように威力を上げ、低くボンと音を立てて闇へと霧散する。


 衝撃に弾かれて三人が三様に地面に尻餅をつくと、場は瞬時に静まり風の音が通り抜けた。


「京子ちゃん、お疲れ様」

「久志さんが言ってくれたお陰です。ありがとうございました」

「いいんだよ、頑張ったね。桃也も初めてにしては良くやったと思うよ」

「俺は、まだまだですよ」


 はにかんだ久志に安堵した途端、京子は眩暈めまいを感じて額を抑えた。出血のせいだ。


「大丈夫か?」

「うん……」


 京子は桃也に支えられながら腹部の包帯をそっと撫で、戦いを終えた三人を見やった。

 最初に動いたのは、仰向けに倒れていた平野だ。頭をボリボリと掻きながら起き上がり、浩一郎を振り返る。


「爺さん、こいつを殺せばいいのか?」

「いや、いい」


 大舎卿は立ち上がり、下半身の砂を払った。


「いいって……アルガスをこんな目に遭わせた張本人じゃねぇか。納得いかねぇな」


 手を腰に当ててのけぞる平野に、大舎卿は「すまんな」と頭を下げる。


「お前には悪いが、受け入れてくれ」

「そんなに謝られても困るけどよ」


 目を開いた浩一郎が、地面に仰向けに倒れたまま手足を大の字に広げた。


かんちゃん、俺を殺してくれ。そのつもりで来たんだ」

「馬鹿野郎。わしにお前を殺させるなよ。ハナはそんなこと、これっぽっちも望まん。後は罪を償って自由になれ」


 浩一郎は静かに起き上がり頭を垂れたまま押し黙っていたが、やがてぼそりと口を開いた。


「俺はいつだって自由だよ。ほっとくと、また何仕出かすかわからないよ?」

「あぁ、そうじゃな。その時は望み通りあの世に送ってやる」

「僕も、父と一緒に……」

「お前は、まず京子に謝れ。嫁入り前の娘をあんなにしおって」


 溜息をつく大舎卿に浅く頭を下げて、彰人は京子を振り返る。


「悪いと思ってる。だから、僕が責任を取るよ」

「はあっ? お前、何言ってんだよ」


 淡々とそんなセリフを吐く彰人に、桃也が「ふざけるな」と吠えた。


「冗談ってことにしておくよ」


 彰人はニコリと笑って、京子の前に立つ。

 改まった表情で物言いたげに唇が動くが、彼は一度それを閉じて「申し訳ありませんでした」と、深く頭を下げた。

 彼は敵であり、京子にとっては初恋の同級生でもある。


「彰人くんの気持ちは貰っておくから」


 京子は自分の胸にそっと手を当て、今にも飛び掛かりそうな桃也を「ね?」と宥めた。


「桃也もキーダーになってくれて、ありがとね」


 これは京子の、半分だけの本音だ。

 桃也は驚いた顔を見せつつ照れ臭そうに「おぉ」と微笑んだ。

 そんな京子たちの横で、大舎卿が彰人へ声を掛ける。


「わしらは人手不足での、お主をトールにさせる気は更々ないぞ」


 それはまるで夢物語のようで、京子は桃也と驚き顔を見合わせた。




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