74 見慣れないツーショット
アルガスを
昨日まで入院していた京子は、松葉杖を脇に挟んで人だかりへ潜り込む。
望みなんてないことは最初から分かっていた。
やるせない気持ちを顔に貼りつけたまま呆然と紙を眺めていると、食堂からやってきたマサが湯飲みを手に横へ並んだ。
「なに寂しそうな顔してんだよ」
「だって……」
辞令の内容は、そこに書かれた四人の異動命令だ。全員が北陸支部、つまり久志とやよいのいる能登の訓練施設へ行くことになる。
マサはお茶を熱そうにすすりながら、
「バスクからの成り上がりは、一年間訓練を受けなきゃならねぇ。分かってたことだろ?」
「分かってたよ。分かってたから……」
バスクがキーダーを選んだ場合の、アルガスが決めた堅いルールだ。それを破るには、隕石を動かすほどのパワーが必要だろうという事は重々承知している。
「自分に都合のいいようにでも考えてたか?
「……うん」
そこに『高峰桃也』の名前がある。
異動の話題なんてこの五日間で一度も出さなかった。口にしてしまったら現実になってしまいそうな気がしたからだ。
けれどそんな願掛け染みたことも
突然の別れに頭が全然納得してはくれない。
京子はもう一度紙に書かれた四人を順番に目で追って、最後にある『佐藤
「マサさんのコレは、『大晦日の白雪』が原因?」
彼はトールで、他の三人とは理由が違う。明らかなペナルティだろう。
「まぁな。けど久志にずっと来いって言われてたんだ。アイツ、俺の消えた力に興味があるんだと。桃也のこともあるし、それに紐付けて新人教育もできるだろって呼ばれたんだよ」
キーダーでありながら技術員の久志が、同期のマサを手ぐすねを引いて待っている様子が目に浮かんで、京子は思わずクスリと笑った。
「こんなんで許してもらえるなんて、アルガスも太っ腹だろ?」
「けど、マサさんは本部に居るのが当たり前だと思ってた。ちょっと寂しいな」
「一生の別れでもないんだから気にすんなよ」
『大晦日の白雪』の真実を
マサが行くと知って、
「北陸かぁ。私も行けたらいいのに」
「お前は桃也と離れたくないだけだろ」
「…………」
黙る京子に悪戯な顔みせて、マサは「一年だろ」と宥める。
「お前は、ちゃんと新人の面倒を見てやるんだぞ?」
「あ、そうだった」
「忘れてたのかよ」
四月からこの本部にキーダーが一人加わる。
「可愛い女子高生が来るらしい」と、前に施設員たちが盛り上がっていた。
「京子、この間はありがとな」
「何の事?」
急に改まるマサに、京子は首を傾げる。
「お前が最後に浩一郎に向かっていったって聞いて、俺の背中が軽くなったんだ」
「久志さんと桃也が居てくれたからできたんだよ。だから、もう大丈夫」
浩一郎との戦いの最後、桃也が足の痛みを取ってくれて、久志が背中を押してくれた。
そうじゃなかったらきっとあのまま戦いを見守って、今も少しだけ後悔を募らせていたかもしれない。
「久志にも世話になったよな」
マサが廊下の奥からやってきた制服姿の二人に手を上げる。
見慣れないツーショットだ。
「長官に呼ばれてた」と説明する桃也の後ろから
「僕と離れることになって寂しい? 京子ちゃん」
「え」
「お前じゃねぇだろ」
桃也が彰人を睨むが、本人は気にもしない様子だ。
今回の辞令で桃也や平野と並んだもう一人のキーダーが彼だった。全く予想していなかったことだけれど、彰人もまたこの制服を着る道を選んだ。
「キーダーを選んだなら、みんなには頑張って欲しいって思う。ちょっと寂しいけど、訓練期間は一年だし頑張るよ」
期限が付いているならと、笑顔を装う。桃也は何も言わなかった。
「大人だな、京子ちゃんは。そういえば話変わるけどさ、京子ちゃんが僕に投げつけたアレのこと、長官めちゃくちゃ怒ってたよ」
「アレって……えぇ、本当に?」
彰人が左眉の横にできた小さな傷を指でなぞる。
アレというのは他でもない、アルガスの正面玄関に鎮座していた長官本人の胸像だ。
途端に胃が痛くなる。午後に呼ばれている【取調室】こと報告室では、その事も言及されるだろう。
京子は溜息混じりに掲示板の貼り紙に視線を返した。
移動日は一ヵ月後の水曜日。
その数字に実感が沸かず、京子はぼんやりと桃也の横顔を見上げた。
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