72 もう一度

 大舎卿だいしゃきょうに言われるまま避難しようという桃也とうやを、京子は「待って」とその場に留めた。


「ここを離れたくないよ、お願い」


 桃也は一瞬困り顔を見せたが、「仕方ねぇな」と笑って京子の背をそっと支える。


「僕もここに居させてもらうよ」


 久志の後ろで、彰人あきひとが小さく両手を上げて見せた。

 「まぁいいよ」と久志。

 桃也はあからさまに不満な顔を見せるが、「黙ってろよ」とだけ言って目を逸らした。


 身体への負担が和らいできたのか、大舎卿だいしゃきょうの動きが機敏になっている。

 本領発揮、と言うところか。横で光を繰り出す平野は自信に満ち溢れ、実に楽しそうだった。

 そんな二人を相手に、浩一郎が劣勢になっていく。


「どうにかなるかな」

「なるかもしれませんね」


 久志の言葉に相槌あいづちを打つ彰人に、京子は困惑した。


「彰人くんは、お父さんを助けないの?」

「敵に向かってそういう事言う?」

「だって……」


 彼はまだ戦えるはずだ。けれどキーダー勢と共に傍観者であろうとする姿が、京子には不思議でたまらなかった。

 彰人は戦闘を見据えたまま、


「これは僕が生まれる前からの、父さんの戦いなんだよ。一応、息子として義務は果たしたと思うから、後はあの人たちに任せる。ま、助けを求めてきたら全力でフォローするし、父さんが勝ったら約束通り地下は破壊させてもらうけどね」

「それは……」

「けど今は戦いを見届けようよ。何せ、二十年以上も抱えてきた想いだからね」

「決着をつけるってこと……?」


 僅かに振り返り、彰人は「そう」と苦笑してまた視線を返す。

 浩一郎と大舎卿が、アルガス解放からずっと燻ぶらせていた想いを晴らせればいいと思う。


「僕は過去に執着する父さんなんてどうかと思うけど、信念を貫こうとする姿は尊敬してる。この戦いに勝ち目がないことなんて、最初から分かってたんだ。幾ら僕たちがバスクでも、大舎卿の底力には敵わないって父さんはいつも言ってたよ」

「そうなの? 二人は十分強いと思うけど」

「ただの頑固者なだけ。そして僕も同じだから、ずっとあの人の言う事を聞いてた。僕は、本当は京子ちゃんみたいになりたかったのにね」

「え――?」


 「なんてね」と、彰人は肩をすくめる。それは哀しい色を湛えた、彼の笑顔だった。


「姉ちゃん!」


 平野の腕が浩一郎の胴体に絡んで動きを押さえつけようとしている。

 しかし、釣り上げられた魚のように浩一郎が激しく身をよじり制止を拒んだ。抵抗して放たれた光線が平野の頬をかすり血を滲ませる。


「痛ッてぇな。オラ、大人しくしろ!」

「随分がらの悪いキーダーだな」


 不快に顔を歪める浩一郎。強く払った腕が平野を引き剥がす。


「姉ちゃん、手を貸せ! キーダーは日本を守るんだろ?」


 叫ばれる声に、京子は桃也の手を握り締めた。


「私……?」


 久志が桃也とは反対側に立って、京子を覗き込む。


「行きなよ、京子ちゃん」

「……え?」

「京子ちゃんも晴らしたいものがあるんじゃないの? これは背負った過去を清算するための戦いだ。京子ちゃんが納得できる勝ちを取ってよ。マサにも言われなかった? 怪我したくらいで止まっちゃダメだよ」


 福島で『大晦日の白雪』の事を聞いて新幹線に飛び乗ったあの日、京子は何もできなかったことを後悔した。


「辛くたって足が動かなくたって、今なにもしなかったら繰り返すだけ。キーダーを選んだなら、まだ止まる時じゃない」


 今ここで何もしなくても、戦いは終わるだろう。けれどそれでは何も変わらない。


「久志さん……ありがとうございます」

「けど行けるのか?」


 心配する桃也に、京子は「やらなきゃ」と笑む。

 銀環をした桃也の決心を知った今、自分も前に進まなければと思う。


「京子ちゃんなら大丈夫。何かあったら僕が助けるから」


 「先輩だからね」と胸を張る久志。

 桃也が腰を落とし、もう一度京子の足に触れた。


「二度目なんて効かないようなものだからな?」

「ありがとう、桃也」


 一瞬走り抜けた全身の痛みが、あっという間に抜けていく。

 京子は桃也の手を離れ、二人を振り返った。


「行ってきます」


 視界の隅で、彰人は呆れ顔だ。

 京子の伸ばした右手が、浩一郎を捕らえて白い光を放った。




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