71 隠し玉?!

 キーダーが劣勢れっせいに見えたその戦場に突如として現れたその男が、京子の目には救世主のように見えた。


「姉ちゃん、カレシには会えたのか?」


 相変わらずの調子な平野に、京子は桃也とうや一瞥いちべつして「はい」と小声で返事する。


「あの人キーダーなの? 見たことないけど」


 「誰だろう?」と久志ひさしは眉をひそめる。


「聞いていませんか? この間──」

「あぁ、東北の人か」


 納得した久志が京子の説明を遮って、平野へと目を凝らした。


「はい。けど、どうして平野さんがここに……」


 初めて見る彼の制服姿に動揺してしまう。

 浩一郎のFAXで各支部のキーダーは足止めを食らっているというのに、彼もまた久志のように特別な理由で駆け付けてくれたのだろうか。


「この間来た眼鏡の兄ちゃんはいねぇな。もうやられちまったのか?」


 平野はそこにいる顔ぶれをぐるりと眺めて、ケラケラと笑いだす。


「最後に俺が来るとは思わなかっただろ。予告状だか何だか知らねぇが、俺はまだどこにも配属されてねぇんだよ。だから仙台で待機してる理由もなくてな、ヘリが居なかったもんだから新幹線で来たのさ」

「そういう事だったんですか」

「あぁ。本当のヒーローってやつは遅れて来るもんだろう? 任せときな」


 平野が放った一発目で体勢を崩した浩一郎が、改めて構えを取る。


「平野さん、その人はバスクなの。気を付けて下さい」

「分かってるぜ。だからこっちも対等に行かねぇとな」


 平野は左の袖を捲り上げ、京子に向けて手を伸ばした。


「俺が外したところで問題ねぇだろ? 終わったらまた付けてやるからよ」

「確かに……」


 ずっとバスクだった彼ならば、銀環を外した拒絶反応もないだろう。

 「分かりました」と京子は立ち上がるが、側にいた大舎卿だいしゃきょうが先に平野の手首を掴み取った。


「わしの方が速い」

「爺さんに手を握られる趣味はねぇぜ?」

「お前に爺さん呼ばわりされるほど歳とってないわ!」


 早口に怒鳴って、大舎卿は力を込める。


「アンタ、俺をここに連れて来たそこの姉ちゃんに感謝するんだな。今キーダーが勝ちを取りに行けるのは、姉ちゃんのお陰だぜ?」


 なぁ、と平野は立てた親指を京子にキメて見せた。


「隠し玉が居たんですか」


 浩一郎の声に焦りが混じる。彼もまた、大舎卿や平野と同じ頃の年齢だ。

 目に見える傷はないが、体力のダメージは大舎卿より大きいのかもしれない。


 ものの一分で銀環が平野の手首を離れる。自分の時とは比べ物にならない処理の速さに、京子は「すごい」と眉を上げた。


「大舎卿、僕も行きますよ」


 名乗り出る久志を、大舎卿は「いらん」と断る。


ひさの力を借りる程でないわ」

「えぇ残念。けど、そう言って頂けるのは光栄です」


 そっと胸に手を当てる久志に、大舎卿はフンと笑って桃也を振り返った。


桃也小僧は京子を連れて避難! お前は……」

「平野だ。よろしくな、爺さん」


 開放された手をぶんぶんと振り、平野は力の感触を確かめるように拳を握り締めた。

 溢れる気配を噛みしめて、京子は胸を高鳴らせる。


「だから爺さん言うな。平野はわしと来い。アイツを一瞬でも止められれば、決着が付く!」

「止めるだけ? そんなんでいいのか?」

「浩一郎を舐めるなよ」


 大舎卿は趙馬刀ちょうばとうを腰に差し、格闘技でもするような構えを浩一郎へ向けた。


「分かったぜ、任しときな」


 平野も同じ様に構える。彼の趙馬刀はずっと腰に提げられたままだ。

 東北の山で力を放ったあの時と同じように、平野は更に増幅させていく。

 大舎卿はそんな彼を横目に伺って、嬉しそうに目を細めた。

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