70 もう一人いる

「逃げないで京子ちゃん。京子ちゃんの彼と師匠なんでしょ? 現実をちゃんと受け入れなきゃ」


 彰人あきひとの声に京子は膝立ひざだちのまま顔を上げる。

 視界に広がった現実は、京子の望みを無視した絶望的なものだった。


久志ひさしさんが見た結果って、こういう事ですか?」


 賭けの勝敗は一目瞭然りょうぜんだ。

 倒れた鉄塔の残骸が散らばり、激しい戦闘に隆起する地面に大舎卿だいしゃきょうと桃也が伏している。


 勝利の貫録を見せつける浩一郎に、京子は「そんな」と声を震わせた。呆然としたまま立ち上がるが、それ以上足を動かすことができない。限界だ。

 二人までの僅か十数メートルの距離を詰めることができず、フラつく京子の背を久志ひさしが片手で支える。


大舎卿だいしゃきょうが劣勢だったからね。けどさ、僕はあの人を信じてるよ。京子ちゃんにとってはそこまでじゃないかもしれないけど、僕らの世代からすると彼は本当のヒーローなんだ。このまま終わらせるわけないでしょ?」

「そう……ですよね」


 浩一郎はそんな京子を見やって、余裕の笑顔さえ見せた。


「爺、桃也……」


 仰向けに寝返った桃也の胸が大きく上下する。大舎卿は背中を丸め、片足を立てた姿勢で浩一郎と対峙たいじした。

 まだ生きていることに安堵するが、無事だとは言い難い。それでも久志の言葉に期待して、京子は様子を見守った。


「さぁどうする?」


 こんな時でも穏やかな雰囲気を崩さない浩一郎は、流石さすが彰人の父親だ。


「じゃあ僕は下に戻ろうかな」

「待ってよ、君」


 来た方向へときびすを返す彰人を、久志が呼び止める。


「まだ終わってないだろ? ここで「どうぞ」なんて、行かせるわけにはいかないんだよ」


 久志は京子の前に出て、趙馬刀ちょうばとうに刃を付ける。

 けれど彰人は「やめましょう」と首を振った。


「この状況はキーダーにとって断然に不利だ。別に核を壊したところで誰かが死ぬわけではないんですよ。このまま戦いを続ける方が、誰かの命を奪う事になるのでは?」

「君たち親子は神様にでもなったつもり? 余計なお世話だよ」


 ここで戦いをやめれば、彼の言うようにキーダーの命は守られるだろう。けれど、それは同時にアルガスや国を敵に回すことになりかねない。

 キーダーは盾であれ──キーダーは最後まで戦わなければならないのだ。


往生際おうじょうぎわが悪いですね。そんなに戦いたいなら、最後までやりますか?」


 彰人は苦笑しながら、生成した刃を構える。

 「俺も」と立ち上がったのは桃也だ。全身に傷はあるが、思ったよりしゃんとしている。


「君みたいな奴は話にもならないけど、構わないよ。殺しちゃったらごめんね」


 ニコリと笑った彰人に逆上して、桃也が趙馬刀に刃を付けたその時だ。

 ストロボを炊いたような強い光が、一瞬で視界を埋め尽くす。


 突然の事に身構えて、京子は目を腕で庇った。正面に広がる衝撃の波が、どこかの窓をパアンと割る。

 膨れた気配は能力者のものだ。大舎卿か、それとも浩一郎か。

 京子は軋む地面に腰を落とし、相手へ向けて目を凝らした。けれど、大舎卿たち二人の立ち位置は変わりない。

 風景の手前に、さっきまでなかったはずの影が立ち塞いだ。


「誰?」


 背中だけでは判断できなかったが、光が次第に闇へ溶け、左腕に桜の紋章を浮きだたせる。

 キーダーの印だ。


「登場の演出にしては、ちょっとやりすぎだったか?」


 その声に相手を確信して、京子は驚愕する。

 きっとこの場において、彼を知るのは自分しかいないだろう。


「平野さん!」


 振り返った男が「おぉ」と返事し、ニヤリと歯を見せた。








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