66 5分だけ
「本気で戦う気がないのなら、わしは上へ行くぞ」
桃也は地面に落ちた
「桃也、怪我は?」
「俺は平気だ。畜生、アイツに全然歯が立たなかった。
「
「鍛え方が違うんじゃよ」
「流石です」
構えを解く彰人を相手に、大舎卿は肩を上下させる。京子は彼の手を離れた銀環を祈るように握り締めた。
「父はきっと貴方と戦いたがっていますよ」
そう言って、彰人は屋上を仰ぐ。
「物心付いた時から僕は今日のことを聞かされて育った。僕にキーダーの資質があると知りながら、父はあえてバスクであれと力を隠すことを貫いた結果がこれだ。僕は父の野心とこの力のせいで、人生を台無しにされたんです」
「ほぉ。お主、父親が嫌いか?」
「嫌いじゃないですよ。馬鹿だと思いながらも憎むことは出来ません。けど……」
彰人は持ち前のポーカーフェイスを少しだけ
「ハナのことか」
「父がここに居た頃の話は色々と聞きましたが、僕は父の恋愛話なんて全く興味ないんです。僕の母親はその人じゃない」
「アイツも昔「力のせいで人生を台無しにされた」と言っとったわ」
「親子じゃな」と笑う大舎卿に、彰人は「そうですか」と苦笑した。
そんな二人のやりとりを黙って見つめていた京子は、負傷した右足の熱に気付く。桃也の手が患部を包み、ボォと光を放っていた。
体温より少し熱いくらいだろうか。じんと痛む傷口が熱に染みて悲鳴を上げる。
「痛っ……」
「ちょっとだけ我慢してろよ」
「使えるうちに使う」
痛みを忘れる記憶操作だ。桃也は集中するように目を閉じる。
「……ありがとう」
彰人が一瞬こちらを見たのが分かった。彼を警戒しつつ、京子は痛みを逃すように桃也の肩を掴んだ。
ズキズキと刺すような痛みが、徐々に
痛みを忘れるだけだと、桃也は繰り返した。
それは五分持てばいい――彼の説明を頭に叩き込む。
「五分……」
それで何が出来るだろう。
五分あれば戦える。しかし、五分丸々戦えるわけではない。
相手は……?
答えが出ないまま、桃也が「よし」と右足から手を離した。あっという間の処置だ。
ゆっくりと引き寄せた足が、芝生と砂の感触を掴む。
「すごい。これならいけるかも」
桃也に支えられて立ち上がると、怪我を忘れてしまいそうなほどに足を動かすことが出来た。
「無茶はするなよ」
桃也が京子の頬にあてがわれたガーゼにそっと手を伸ばす。彼の手にほんのりと残る熱が温かかった。
京子は薬指の指輪を桃也に向ける。
一人で突っ走らないようにという彼の想いを噛み締めるように
そんな空気を再び湧き上がった強い気配が引き裂く。
地上の四人が同時に屋上を見やった。
綾斗の作った光の壁が、弾けるように
目を疑いたくなるような光景に、京子は息を詰まらせる。
光と共に、二つの黒い影が屋上から暗い宙へと飛び出た。
綾斗と浩一郎だ。
「綾斗!」
二つの影は明らかに落下速度が違う。
先に落ちた綾斗の影は、背面飛び宜しく背中から頭を下に落ちてくる。
重力のままに急降下する彼を追う浩一郎は、立ったままの姿勢で少しずつ地面との距離を詰めていた。
大舎卿は吠え、落下地点へ向けて両手を伸ばす。衝突寸前に一階の窓のすぐ上で、綾斗の影がピタリと動きを止めた。
「小僧!」
叫ばれた声に反応し、桃也が影の真下へ走る。
気絶した綾斗が緩やかに降下し、桃也の伸ばした腕の中に収まった。途端に重力が戻り、桃也は足を踏ん張りつつ、綾斗を地面にそっと落とす。
大舎卿は後を追う浩一郎に構えた。
京子は地面に膝を付き、変わり果てた綾斗の姿に思わず口を手で覆う。彼の服はズタズタに裂かれていて、あちこちに血の色が滲んでいた。
「綾斗!」
目を閉じたままの綾斗に、京子は悲鳴のような声で呼びかけた。
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