65 三十点

 実戦経験のない桃也とうやが一週間の訓練で学んだ戦闘は、想像以上に様になっていた。


「やよいさんも久志ひさしさんも、すごい!」


 北陸でといえば、側に居たのはその二人だろう。

 力任せの所はあるが、桃也は刀を振り攻撃も必死に防いでいる。

 ただ、彰人あきひとが本来の半分も力を出していないのは明確だ。


 大舎卿だいしゃきょうが二人を目で追いながら口角を上げる。


「こりゃあ、お前を賭けた戦いじゃな」

「変な事言わないで。彰人くんは、昔好きだっただけだよ」

「そうか? 向こうは満更まんざらでもないと思うがな……ッ」


 大舎卿が小さくうめく。

 銀環の外れる影響で、身体への負担が出始めたらしい。バスクになることを全身が拒絶しているようだ。


「もう少しだよ、爺。頑張って」


 アルガスが襲撃され京子自身怪我を負っているというのに、彰人にも無事で居てほしいと思ってしまう。それが口に出して言えないような事だと分かってはいる。


「男と女は難しいのぉ。お前はまだまだひよっこじゃな」


 ふっと笑った大舎卿から視線を外し、京子は「だって」と唇を尖らせた。


「ねぇ爺、さっきの話だけど。ハナさんは爺と一緒に居て幸せだったと思うよ。少なくとも私にはそう見えてたからね?」


 浩一郎に「ハナは幸せだったか?」と聞かれて、大舎卿は分からないと答えた。彼女をそんな風に想って、二十年以上共に過ごしてきたのだろうか。子供さえ居なかったが、彼といるハナはいつも笑っていたし、イカ飯を食べる彼は今も嬉しそうだ。


「ハナは浩一郎が好きだったんじゃ」


 寂しそうに呟いた大舎卿の声に、京子は「えっ」と顔を上げた。


「解放前のアルガスで二人は愛し合っておった。じゃが、ここを出る事を決めた浩一郎は、ハナを連れていかんかった。結局、わしがハナを奪ったんじゃ」


 二人の話を聞いて、失恋したのは浩一郎のほうだと京子は勝手に思っていた。


「けど、その時好きな人と結ばれることが一番の幸せかどうかなんて分からないよ。最後に側にいて欲しいのが誰なのかっていう方が重要なんじゃないかな? まぁ私も偉そうなこと言えるほど経験豊富じゃないけど、ハナさんは最後に爺を選んだんだし、愛してたと思うよ」


 「そう見えたか」と嬉しそうに笑い、しかし大舎卿は痛みに顔を歪める。

 徐々に高まっていく彼の気配は、今まで感じたことがない程に強まっていった。


 来た、とその瞬間を感じたのと同時に、高い金属音が響く。

 居合で斬られた竹のように、真っ二つに割れた銀環が芝生の上に落ちた。


 大舎卿は四肢を反り返らせて目を見開く。

 咆哮するように音を鳴らしながら息を吐き出す姿は、尋常ではなかった。


「爺。ちょっと、大丈夫?」


 予想以上に苦しむ様子に死すら垣間見て、京子は慌てて大舎卿の背中に手を当てた。

 大舎卿はあごを引き、京子の手を振り払って弱々しく地面に足を立てる。

 立ちのぼる気配は浩一郎から感じたものより大きいのかもしれない。これを銀環は押さえつけていたというのか。

 京子は身震いし、自分の銀環を強く抑えた。


「小僧、変われ」


 短く深呼吸して大舎卿が二人に向けて声を掛けると、彰人が桃也の趙馬刀ちょうばとうを軽く跳ね上げた。光を失った柄が宙をくるりと飛んで、地面に落ちる。

 すかさず桃也は手を伸ばすが、彰人が自分の刃を彼の首の横ギリギリの位置へ滑り込ませた。


「三十点」


 彰人からの評価に桃也は「ふざけるな」と吠える。けれど、それ以上何も出来ず、構えを解いた。



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