62 この戦いが終わったら

 桃也とうやに支えられてゆっくりと立ち上がる。

 体の重みに痛みが響き、京子はまぶたを強く閉じた。彼から手を放したらすぐに転んでしまいそうだ。


「効果は一瞬だし、連続では使えねぇから。奴が現れてからやるぞ」


 彼は浩一郎と似た記憶操作の応用で、痛みを忘れさせることができるという。


 松葉杖を右腕に挟み、左を桃也に支えられて部屋を出る。

 こんな身体で戦うのは無謀だと思うけれど、寄り添ってくれる彼のことは意地でも守らなければならないという使命感のようなものを感じていた。


 京子のそんな想いに気付いてか、階段を下りながら桃也が「ごめんな」と詫びる。


「俺がもっと早く決断してれば、ちゃんと力になれたんだよな」

「時期なんて関係ないよ。『大晦日の白雪』がなかったら桃也の力はとっくに消してたって、マサさんも言ってたし。私も仲間が増える事は嬉しいの。ただ恋人としては少し寂しいなって。桃也、死なないでね」


 強く言葉にすると、桃也が「殺すなよ」と笑った。


「そんなつもりでヘリ飛ばしてもらったんじゃねぇよ。俺だって同じだからな?」

「戦う前、綾斗に「死んだら桃也に会えなくなる」って言われたの。だからさっき桃也が助けてくれた時、生きてて本当に良かったって思った」

「間に合ってよかったよ。なぁ京子、この戦いが終わったらどうしたい? ほったらかしにした分、何でも叶えてやるぜ」

「何でも? じゃあ、とりあえず布団で眠りたいかな」


 朝訓練室でマサと話して、綾斗とファミレスで昼食を取った後に美和を訪ね、彰人あきひとの宣戦布告を受けて今に至る。

 今日一日の記憶が多すぎて、ピークを通り越した眠気が興奮状態に陥っていた。


「じゃあ、帰って家で一緒にな。子守歌も歌ってやるよ」

「ホントに? じゃあ、私が寝るまで歌ってて」


 「分かったよ」と桃也は笑う。

 京子は前に聞いた彼のハッピーバースデーを思い出して、「やった」と目を細めた。


「あとね、桃也の淹れてくれたコーヒーが飲みたい。今朝自分で淹れてみたんだけど、全然美味しくなかったから」

「そっか。じゃあ、また毎日淹れてやる」


 一緒に過ごした一年半は、京子の中で今までのどの記憶よりも楽しかった。

 彼の選択が与える影響は大きいはずだ。二人の関係のピリオドを垣間見つつ、京子は「ありがとう」と笑顔を返す。


 最後まで後悔しないように──そう思うと、まだ戦える気がした。





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