61 特殊能力

「痛くないか?」


 桃也とうやの問いに京子が「うん」とうなずくと、抱きしめる彼の腕の力が少しだけ強くなった。

 バイト先の研究室から持ち帰る煙草の匂いではなく、懐かしい彼の匂いがする。


「心配してくれるのは嬉しいけど、俺にもさせてくれよな。お前はいつも頑張りすぎだ」

「頑張ってるんじゃなくて、私はしたいようにしてるだけ。ねぇ桃也、一つ聞いてもいい?」

「何だ?」

「桃也はどうして私のこと好きになったの?」


 以前から少なからず気になっていた事だ。

 桃也と再会した頃の自分は不安ばかり抱えていて、異性として興味を持たれるような振る舞いをしていたわけじゃない。この間彼がバスクだと知って、そのリスクの大きさに疑問は募るばかりだった。


「はぁ? こういう時にそんなこと聞くか?」

「だって……」


 桃也は少し悩む素振りを見せて、「しょうがねぇな」と照れた笑顔を零す。


「京子は俺の憧れなんだよ」

「憧れ……って、私が?」

「京子いつも言ってるだろ? 望んでも得られない力を神様が与えてくれたなら頑張らなきゃって。そんな京子の事、俺はいつも尊敬してるし憧れてる」

「私、そんな凄い人じゃないよ」

「俺が思ってるから、それでいいんだ。俺は一人になってからずっと迷ってた。あんな事件を起こした俺が、同じ力で人助けしていいのかってな」

「桃也はキーダーになりたかったの?」


 驚いた京子に、桃也は照れ臭そうに「あぁ」と微笑む。


「自分の力がキーダーと同じだって知った時から、そうなりたいって思ってた。生きてる時にそれを話したら、父さんは頑張れって笑ってさ。だから、あんな事件を起こしたのに諦めることができなかったんだ」

「お母さんは反対してたって聞いたよ?」

「知ってる。けど父さんはそうじゃなかった。チャレンジすべきだって言ってくれたんだ」


 桃也はお互いの顔が見える位置まで体を離し、京子の頭をでる。


「そんなつもりで言ったんじゃないのに……」

「お前と一緒に居たのは、俺が側に居たかったからだよ。お前が感じてる不安の原因が俺だって気付いて、守ってやりたいって思ったから」


 彼と再会して二人でご飯を食べに行った時、まだ未成年だった自分が『大晦日の白雪』に何もできなかった事を泣いて謝ったのを、今更ながらに思い出す。


「本当にそれでいいの……?」

「後悔なんてしてないからな。俺がお前に惚れただけだよ。トールを選んで力を消していたら、俺は今きっと後悔してる。背中を押してくれた父さんの言葉を思い出して、やってみようと思えたんだ」

「キーダーは命を掛けなきゃいけないんだよ?」

「京子だって同じだろ? 俺は強くなりたいんだ。自分の可能性を突き詰めたい」


 薄く笑んだ桃也の背中に手を伸ばし、京子は彼の胸に額を押し付けた。

 再び泣きそうになるのを桃也の言葉がさえぎる。


「上に戻るんだろ?」


 桃也はそっとソファを下り、包帯を巻いた京子の足に手を当てた。


「向こうでやよいさんに記憶操作の力を聞いた。能力者が稀に使える特殊能力なんだそうだ」

「やよいさん?」


 やよいは訓練施設を兼ねた北陸支部のキーダーで、マサや久志、それに九州支部の佳祐けいすけも合わせた同期四人組の紅一点だ。


「まだ完璧じゃねぇけど、気休めくらいにはなるだろう?」

「なるだろうって、桃也がそれを使えるの?」

「まぁな。けど、治癒魔法みたいなのとは違うから治せるわけじゃねぇよ。五分くらいしか持たねぇけど、戦う時が来たら少しだけ痛みを忘れさせてやる」


 記憶操作は浩一郎が京子に掛けた技だ。それで京子は彰人がバスクだという事を忘れさせられていた。

 数少ない能力者の中でも、特別な力を持つ人間が稀に居る事は知っている。けれどそれがどうして桃也なのだろうか。

 身体に張り付くような不安を感じながら、京子は彼の腕をそっと握り締めた。




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