58 目が合ったアイツ

『鉄塔が倒れて……』


 状況を説明する綾斗あやとの声がイヤホンに届いた。

 塔が落ちた影響か、ノイズが酷くなり集中が乱れる。

 下から振り上げられた彰人あきひとの刃に反応が遅れ、慌てて防ぐと全身に痛みが響いた。


「みんな、ごめん」


 スイッチがオフのままマイクに呟いて、京子は念動力を使って右耳のイヤホンを地面へ落とした。

 途端に静かになった闇に彰人の気配が際立って、趙馬刀ちょうばとうを構える。


 勝算はどれくらいだろうか。恐らく彼は全力じゃない。

 彼が本気を出せば、一発で終わらせることができるだろう。


「力みすぎだよ。京子ちゃん、生身の人間相手にちゃんと戦ったことないでしょう」


 無傷の彰人からは呼吸の乱れ一つ感じない。

 京子には返事する余裕さえなかった。


「けど心配しないで。僕もそういうのないから」


 彼に勝つことが出来ないのなら、浩一郎との合流まで少し時間を稼ぎたい。

 地下には制御室以外に施設員たちの避難するシェルターもあるのだ。そこまでの警備も装甲も厚くはしてあるだろうが、バスクの二人相手に意味などないような気さえしてしまう。


「さっきも言ったけどさ、キーダーは趙馬刀ちょうばとうで戦うように教え込まれてるから、融通ゆうずうが利かないんだよね」


 戦いの最中だというのに、彼はいつものペースで会話を続けようとする。


「ノーマルにとって能力者の力は脅威でしかない。管理された駒の上でバスクからの攻撃を仕留めてくれればそれでいいと思ってるんだよ」

「そんなの、分かってるよ」

「せっかく力を持って生まれたのに、京子ちゃんはそれでいいの? 僕たちの力は世界すら手に入れることができるんだよ?」

「世界って。彰人くんはそんなことがしたいの?」

「興味ないけどね。僕は僕らしく生きれればいいと思ってる」


 ニコリと笑う彼の顔を怖いなと思った。

 京子は趙馬刀を振りながら、念動力で上着のポケットにある鍛錬用のビー玉を手繰り寄せた。

 六色のそれがポケットを飛び出して宙に一時静止すると、彰人の顔に向けて勢い良く弾ける。


「うわっ」


 気付くのが一瞬遅れた彰人に、京子はすかさず光の球を投げた。

 溜めがない分威力も小さいが、それでも一メートルほどに膨れた白光は京子がその場を離れるのには十分だ。


 しかし彼の索敵さくてきから逃れる事はできない。

 足がもつれて一旦横にれ、彰人へきびすを返した。

 呼吸を整えながら趙馬刀を構えると、彼は「頑張るね」と嬉しそうに応戦する。


 光で生成されたものとはいえ、どちらの刃も金属並みの堅さがある。互いを打ち付ける毎に、衝撃で全身がしびれる程だ。


 次はどうすると考えながら、ちょうど正門前に敷かれた芝の所に来た時だった。


 攻撃を逃れるように建物側へ振った京子の目が、彼の視線とかち合う。

 相手はいつも睨み付けていた、長官の胸像だ。

 彼は桃也の事を知りながら、黙っているらしい。何も知らなかった自分に腹が立って、むしろ彰人への敵意よりも彼への対抗心が湧き上がった。


「わけわかんないよ」


 迷いも起きない。

 躊躇ためらわずに「えぇい!」と力を込めて、微笑む胸像を睨み付けた。

 ゴオッ、と地面を軋ませた台座が爆音とともに土から抜け出し、長官が宙を飛ぶ。


 冷静沈着な彰人でさえ、思わず「えっ」と素っ頓狂すっとんきょうな声を上げ、その方向へ視線を仰ぐ。


 京子は趙馬刀への力を緩め、地面からすっぽ抜けた胸像を操った。

 彰人の斜め前方から直撃を狙う。

 はばまれるのは予想の上だ。どれだけダメージを与えられるだろうか。


 けれど彰人は防御などしなかった。彼は衝突寸前に頭上で長官を粉砕させる。


 バン! と銃声に似た音が鳴り、ブロンズ製の長官は粉々に砕け散った。

 何故か無傷のままの頭部が生首のように月明かりの夜空に飛び上がる。


「これは驚いたし、大分痛いね」


 笑顔に焦りをにじませて、彰人は髪に乗った破片を払いひたいを抑えた。フワリと揺れる前髪の奥で、右眉の横を黒い筋が伝う。

 けれど、それだけだった。致命傷へ繋がるダメージではない。


 心のどこかで、ホッとしている自分がいることに気付いた。

 キーダーだからと、敵だからと割り切ることができない。

 今彼に恋をしているか否かと尋ねられれば、自信を持ってノーと言える。けれど、そうではない。

 過去でありながらも、一度恋した彼の倒れる姿なんて望むことができなかった。


「けどフルパワーじゃなかったよね? 甘いよ、京子ちゃん」

「フルじゃなかったのは、私が怪我してたからだよ」


 ただ、必死だった。けれど何となく心まで読まれている気がする。


「そんな優しさがいつか京子ちゃんの命取りになるよ? 相手が敵だと判断したら、非道にならなきゃ」

「何でそうこと言うの? 彰人くんは、私の敵なんでしょ?」


 「そうだったね」と彰人は笑う。


「けど、僕だけじゃない。仲間だと思ってた人が敵になることだってあるんだよ。覚えておいて」

「彰人くん……」


 京子は鉄塔の被害を逃れた東側の外壁を目指して地面を蹴った。ここで死ぬわけにはいかない。

 すぐ背後に彰人を感じ、京子は気配を背で追いながら塀まで走り、並んだ木の陰に自分の身体を滑り込ませる。


 全身を隠せるほど大きい木ではないし、気配がある以上何処に隠れても同じなのは分かっている。

 少しだけの時間稼ぎに過ぎない。

 深呼吸一回分休んで、今度は南を目指した。

 木の間を縫うように走ると、彰人の放つ攻撃が次々と木々をなぎ倒していく。


 ザザザッという葉の音に、幹が地面を叩きつける高い音が交じり合う。

 京子は肩越しに何度も確認しながら走ると、ふと視界に彰人の姿がないことに気付いた。


 連続で放たれた攻撃はいつしか止んでいて、京子は滑るように足を止める。

 辺りに視線を巡らせ、感覚を研ぎ澄ました。


「隠れようとすると、自分にも不利だってことだよ」


 すぐ後ろに彼がいる。背後を取られ身体を回すと、同時に白い光が飛び散った。

 咄嗟とっさに出した防御では全てを防ぎきれず、側にある壁に亀裂が走る。

 ガラリと崩れるコンクリートの塊を避け、京子は再び走った。


 次の光を仕掛けようとする彰人へ先に球を放つと、球同士が轟音を立てて衝突する。

 花火のように散った光の圧力に、側の塀がガラガラと崩れた。


 どうすれば良いのか。

 体力はまだあるが、身体が限界に近かった。

 制服のあちこちが裂け、中から覗く白いシャツに鮮血が滲む。


 彰人の攻撃をかわしながら西南へと走ったところで、京子は自分のミスに気付いた。

 生い茂る木の葉に阻まれ、視界から消えていたその存在をすっかり忘れていた。


 砕かれた北東のそれと対称にそびえ立つ、もう一本の鉄塔だ。


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