48 遅れたホワイトデー
車から降りた人物の顔が公園のライトに照らし出され、京子は目を見開いた。
彼にまだ会いたくなかった。
ついさっき思い出したばかりの頭が、まだきちんと整理できていない。
けれどこちらの動揺を無視した突然の再会に腹を決めて、京子は自分から彼に声を掛けた。
「偶然じゃないよね?」
「そうだね。まさか今日に限ってこんな遠くに居るとは思わなかったよ」
コートを羽織った私服姿で、遠山
「この間駅で会った時も、私があそこにいるって知ってたの?」
「これでも結構京子ちゃんの事追い掛けてたんだよ。嘘ついたことは謝るけど、気付かなかったでしょ?」
「全然。けど何で?」
「把握しておきたい理由があったからだよ。その感じだと、色々思い出しちゃった?」
京子は
「だから、混乱してるの──彰人くん」
「あきひと、って。京子さんの……?」
名前に気付いて、
「バスクなんですか?」
警戒する綾斗に、彰人は嬉しそうに笑んだ。
流石綾斗だ。京子には疑う程度にしかそれを感じることができない。
「この間駅で一緒だったのは京子ちゃんの恋人? 彼もバスクだったよね」
彼が気付いていたというのなら、桃也も彰人に気付いていたのだろうか。
小学五年の林間学校で迷子になったあの日、差し出された彼の手を握った幼い自分はその事に気付いた。
――「彰人くんはキーダーなの?」
彼にとって隠すべき事実を知ってしまったのだ。
「父さんが今日やるなんて言うもんだから、伝えておかなきゃと思ってね」
「今日って、まさか。駄目だよ!」
彰人は柔らかい髪を風になびかせながら穏やかに笑んだ。
「知ってたんだ。あの人に聞いたの? もうちゃんと思い出したんだね」
「確認させて。
「えっ?」
驚愕する綾斗を横目に「そうだよ」と答える彰人は、表情一つ変えなかった。
「父さんは婿養子だからね。今は遠山だけど元の苗字は猩々寺で、アルガス解放までは銀環を付けてあそこに居たんだ」
この間見たばかりの夢を振り返りながら、京子はもう一度記憶を
学校帰りに彰人に声を掛けられて、初めて彼の家に行った。
一緒に遊ぶような仲ではなかったが、気になる男子に誘われて幼い京子は舞い上がっていたと思う。
リビングでテレビゲームをしていると彼の母親がジュースを持ってきてくれて、彼女と入れ替わりに
彼の顔を思い出した途端、夢でぼやけた風景がカメラの焦点を合わせたように鮮明になる。
――「恐がらなくていいよ」
そう言って
「父は京子ちゃんから、僕がバスクだっていう記憶を抜いたんだ。けど記憶を抜くなんて能力は完璧じゃない。そのせいで僕が今ここに来る前に、京子ちゃんが思い出しちゃったんだね」
「今日、何をする気なの? 彰人くんのお父さんはトールになったんじゃなかったの?」
隕石事件の後、浩一郎は
けれど彰人は「少し違うかな」と否定する。
「力はあるから、
大舎卿の言葉が蘇る。
『復讐する』と言い残した浩一郎が、それを実行しようというのか。
「今夜、アルガスに奇襲をかける──その言い方だと大袈裟になっちゃうかな」
「奇襲って、本気なのか!」
突然声を荒げた綾斗に、彰人が苦笑した。
綾斗は込み上げた衝動を逃がすように、腰の横に置いた拳をきつく握りしめる。
「まさか彰人くんも一緒なの? どうして」
「どうして、って言われたら父の復讐のためかな。もう、良いとか悪いとかじゃないんだよ。小さい頃からずっと言われて、父も僕もその為に生きてきたようなものだからね」
「そんな……」
「僕には銀環がない。それがその証だよ」
バスクの力を恐いと思う。
桃也の能力にも気付くことができなかったが、彰人もまた小学五年から中学卒業までずっと一緒のクラスだったのだ。後にも先にも彼の力に気付けたのは、消された記憶の一回のみだ。
「ふざけるな! アルガス相手にバスクがたった二人で何をしようっていうんだ?」
感情を抑えきれず、綾斗が闘争心を
「キーダー相手なら二人で十分だよ。仲間は裏切るから要らないんだって。君もキーダーなら早くアルガスへ戻って迎撃の準備でもしておいた方がいいよ」
銀環に並んだ腕時計を確認して、綾斗は「帰りましょう」と京子を促す。
京子はもう一度彰人に向き直り、穏やかな彼を見上げた。
本気なのだろうか。
いつもクラスの中心に居て、女子に問えば『優しい』が最初に出てくるような人だ。彼がバスクだと理解はできたが、彼と戦うなんて想像も出来なかった。
けれど、彰人がこんな嘘をつく人でないことも自分は良く知っている。
「どうして、わざわざ教えてくれたの?」
「フェアじゃないのは嫌いだからね。父みたいなやり方は好きじゃないんだよ」
「それってもしかして、元旦の公園の事?」
「京子ちゃんに興味があるって言ってさ、大した騒ぎにもならなかったね。次の日会いに行ったのは、計画実行の前に僕が京子ちゃんに会っておきたかったからだよ」
綾斗が二人の間を割るように無言で前へ出た。今にも
「綾斗、落ち着いて」
京子が綾斗の腕を掴むと、彰人はクスリと笑う。
「君は京子ちゃんの何? ただの部下なんでしょ? 今こうして会いに来たのは、僕のプライベートなんだよ」
「アルガスを襲撃するって話がプライベートだっていうんですか」
口調を強める綾斗を無視して、彰人は京子に声を掛けた。
「京子ちゃん、中三のバレンタインのこと覚えてる? 京子ちゃんが僕にチョコくれたでしょ? ちゃんと返事できなかったから、今日のこれがお返しだと思って」
「……意味わかんないよ」
「ごめんね」
遠くから聞こえた電車の音に、綾斗が「行きましょう」と京子の手を引いた。
足早に駅舎へ入り込むと、ホームに出たところでさっきの公園が見えた。残された彰人が二人を見送るようにこちらを向いている。
「あれが京子さんの初恋の相手なんですか?」
繋いだままの綾斗の手から気配が漏れていて、彼が冷静さを失っていることが分かった。
本当に今日彰人と戦うことになるのだろうか。余りにも
不安げに綾斗を伺うと、彼は苛立ちの混じる不機嫌な表情を真っすぐに京子へと向けた。
「昔がどうだったかなんて俺には分かりません。京子さんが桃也さんを好きならって思ってましたけど、あの人に揺れるようなら俺、我慢しませんよ?」
唐突な発言に「え?」と我に返り、京子は繋がれた手をパッと離した。
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