【番外編】1 入らない
冬休みに入り、町は平日とは思えないほど家族連れやカップルで賑わっていた。
クリスマスも過ぎて正月の空気を見せ始めた通りを、
今までの人生で全く縁のなかった店だ。
中の様子を横目に伺いながら、一度通り過ぎた。客が何人かいるのが見えて、妙に緊張してしまう。
「くっそ」
今日は京子が早く帰ると言っていた。できるならその時間には家に居たいと思って、桃也は意を決して店の扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
黒い制服姿の女性店員たちが、それぞれに声を掛けてくる。整然とした店には低いガラスケースが並んでいて、皮張りのソファや観葉植物が置かれていた。
場違いなんじゃないかと思う。
それでも一分一秒でも早く出たいという覚悟で挑むと、店員の一人が桃也に声を掛けてきた。
「プレゼントをお探しですか?」
三十代くらいの垂れ目の女だ。にっこりと微笑む彼女に「はい」と答えつつ、桃也は迷うように首を傾げた。
「指輪が欲しいんですけど、こういうの良く分からなくて」
「みなさんそう
通されるままカウンターの椅子に座った。
目の前のガラスケースに、指輪やネックレスがズラリと並んでいる。明らかに予算オーバーの数字が目に飛び込んで、桃也は思わず息をのんだ。
この雰囲気には、この先もずっと慣れることがない気がする。
誕生日プレゼントをどうするか迷って指輪にしようと思ったのは、京子の視線がいつも手元に吸い付いていたからだ。
去年は二十歳のお祝いだからと、ちょっと高いレストランを予約してディナーを食べた。本人は喜んでくれたけれど、プレゼントを渡さなかったのは失敗だったと思う。
「お相手は恋人ですか? それとも婚約指輪──」
「誕生日です。彼女の」
慌てる桃也に、店員の女は「ごめんなさい」と笑顔で肩をすくめて見せた。
「どんな彼女さんなんですか?」
「えっと、何でも一人で抱え込んで、突っ走るような……って、そういうのじゃないですよね」
見た目の話だと理解して、桃也は拳を口に押し当てながら改めて京子を頭に浮かべる。
「髪が長くて、可愛い感じです」
「わかりました。あら?」
「すみません、これはちょっと訳ありで」
苦笑いする桃也に、店員はにっこりと目を細める。
「謝ることじゃありませんよ。アクセサリーには一つ一つストーリーがあるものですから。それじゃ、ちょっと待って下さいね」
大体の予算を伝えると、彼女は席を立って奥のケースから取り出した指輪を三つ桃也の前に並べた。
石の付いたものと、桃也と同じような花が彫られたものと、装飾のほとんどないシンプルなものだ。
「直感で」と言われてすぐに決めることができたのは、自分でも不思議だった。きっと店員の彼女の見立てが良かったんだと思う。
けれど順調に見えた指輪選びも、思いもよらぬ難題が立ちはだかったのだ。
「サイズが分からないなら、とりあえずこのままで大丈夫かと思います。合わない時はお直ししますので、いらして下さいね」
在庫のサイズは少し大きめらしい。彼女が言うように直せばいいだろうと思って、桃也はその指輪を買って店を出る。
「サイズなんて知るかよ」
どっと沸いた疲労感に頭を押さえて、それでも何とか購入できた達成感にホッとした。
☆
誕生日当日は、デートの後にその指輪を渡す予定だった。
なのに突然の襲撃に巻き込まれてしまい、疲れと怪我のせいで京子は早々に寝てしまった。
今日のうちに渡したいと思って、ずっとポケットに入りっ放しの小さな箱を取り出す。
安らかな寝顔に緊張を走らせつつ、箱に結ばれたリボンを解いた。
京子の手元に乗った布団をそっとめくり、右手を掴む。
『右手の薬指が良いと思いますよ』
そんな店員の助言のまま、薬指へ輪を通す──入らなかった。
「ちょっ……」
桃也にとってそれは想定外の展開だった。予定では『少し緩い』筈だったのに、第一関節を過ぎたところで動かなくなってしまい、慌てて指輪を抜く。
「嘘だろ……」
薬指に入らなかった指輪は人差し指や中指にも入らず、小指には不自然なほど緩い。
この事態を本人に正直に話して、二人で店に行けばいいなんて選択は桃也の頭から飛んでいた。
「仕方ねぇ」と呟いて反対側の手へと回る。
緩いならともかく『入らない』という状況は良くないパターンな気がする。桃也は左手の人差し指から順番に指輪を移動させた。
右手よりは若干細くなったものの、最後まで入ったのは薬指とゆるゆるの小指だけだった。
「ここでいいのか……?」
『婚約指輪ですか』という店員の声が蘇る。測られたように指輪はぴったりと左の薬指に収まった。
全くそんなつもりはなかったが「まぁいいか」と諦めて、桃也は京子の額にキスをした。
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