26 何本飲むつもりだろうか

 仙台での宿はビジネスホテルのシングルルームだ。

 平野ひらのの店を後にしてそれぞれの部屋に別れたが、京子がコンビニの大袋をぶら提げてシャワー中の綾斗あやとの部屋に押しかけた。


 綾斗は慌てて羽織ったホテルの部屋着姿で濡れた髪を拭きながら、渡された牛乳パックを手にベッドへ座る。京子は家から持ってきた薄緑色のシャツとショートパンツ姿で早速レモン味の缶チューハイを開けた。


「ねぇ綾斗あやとはどうしてキーダーになることを選んだの?」


 「俺ですか?」と綾斗はベッドサイドに置いた眼鏡を掛けて、テーブルに乗ったコンビニ袋にギョッと息を詰まらせる。中に何本ものアルコールを見つけたからだ。


「京子さん、そのお酒って……」

「あぁ、別に全部飲むわけじゃないよ」


 ぶんぶんと横に手を振る京子。

 言いたいことは色々あるけれど、ご機嫌な彼女に根負こんまけして、綾斗は「飲み過ぎないで下さいよ」とだけ注意すると、壁に背をもたれ掛けた。


「俺は小さい頃からずっと「大きくなったら大舎卿だいしゃきょうと同じ仕事ができる」って言われて育ったんです。だから、断ろうなんて考えたこともないですよ」

「そうだよね。私もキーダーになるのが当たり前だと思ってた。実家を出る時はちょっと寂しかったけどね」


 あっという間に空になった缶をテーブルに置き、京子は「よいしょ」と手を伸ばして二本目を掴んだ。安定の五百ミリリットル缶チューハイで、今度はすだち味だ。


「京子さんって、どうしてそんなにお酒飲むんですか?」

「はぁ?」


 唐突な質問に顔をしかめる京子。


「俺は飲んだ事ありませんけど、そんなに美味しいのかなと思って」

「美味しいよ。ビールとウイスキーは苦くて飲めないけど、お酒飲むとやっぱり楽しいし。綾斗も二十歳になったらわかるんじゃないかな」

「そうなんですか? けど、桃也とうやさんの前ではそんなに飲まないって言ってましたよね?」

「痛いとこ突いてくるね。いいの、好きな人の前でくらいカッコつけさせてよ」

「楽しさの共有はしないんですか? もっと素を見せた方が相手は喜ぶと思いますよ」

「そういうもの? 見せたくないような嫌なトコでも?」


 困惑気味に聞いてくるホロ酔い加減の京子に、綾斗は「そりゃあ」と眉を下げる。


「可愛い女子ぶって演技されるより、よっぽど自然でいいですよ」

「なにそれ。嫌な過去でもあった?」

「俺の事は良いんです」


 色々と積み重ねた過去に溜息をついて、綾斗は話を京子へ戻した。


「まぁ、今更隠し通せるとは思ってないけど……がっかりさせたくないって言うか。難しいね。そうだ綾斗、これ食べて。コンビニのだけど。いつもお世話になってるから」

「いいんですか? ありがとうございます」


 アルコールの横に入っていたプラスチックケースのモンブランを渡され、綾斗はぱっと目を輝かせた。


「気にしなくていいよ。それでさっきの話だけど、私が平野さんだったらやっぱり捨てられないと思うんだ。力はやっぱり自信に繋がるもん」


 京子はソファの上に両足を引き寄せ、ひざに片ほおを貼りつける。右の足首には公園で負傷した怪我の湿布が貼り直されていた。


「京子さんはキーダーを選んで後悔はしていませんか?」

「してないよ。望んでも得られない力を神様が与えてくれたんだから、頑張らなきゃ。平野さんもキーダーになればって思うけど、歳がなぁ。出生時に力が見つかって、十五で道を選べるのは幸せなことなんだね。せめて彼もあと十年早ければ良かったんだろうけど。爺でさえそろそろ引退すればって思うのに」

大舎卿だいしゃきょうは引退するんですか?」

「言っても全然聞かないけどね。爺、何か心残りがあるみたい」

「心残り?」


 最後に残した栗を味わい、綾斗は「ご馳走様でした」と手を合わせる。首に提げたタオルでひたいに垂れた水を拭い、今度は開いた牛乳パックに直接口をつけた。


「人一倍訓練して、何かを待ってるような気がするんだよね」

「戦いに備えてるってことですか?」

「詳しくは教えてくれないけど、大分昔に何かあったみたい。隕石の衝突を防いで爺は英雄になったけど、その時アルガスにいたキーダーはみんな爺から離れてしまったの。アルガスの開放でトールを選んだ人も多いらしいし、支部の新設でそっちに移ったって言う理由もあるんだけど」

「寂しいですね」

「うん。マサさんの入官まで本部はずっと爺一人だったらしいよ。私たちも何かあった時フォローできるようにしとかなきゃね」


「そういえば少し気になってたんですけど、大舎卿って本名なんですか?」

「まさか。隕石事件の時、新聞社の人が勝手に付けた名前らしいよ。ほら、当時はまだキーダーが陰の存在だったでしょ? 本名出すのを本人が拒んだみたい。それで記者が適当にそう書いたら定着しちゃったんだって。本名は……何だっけ、忘れちゃった」

「誰も呼んでいませんからね」

「うん。けどその新聞をきっかけに、爺はどんどん英雄としてたてまつられて、一時はビールのテレビコマーシャルにも出てたんだよ」

「ビールってイメージではないですけどね」

「二十年以上前の話だし。今じゃ流石に、ねぇ。せいぜい焼酎とか日本酒だよね」


 「へぇ」と綾斗は目を輝かせる。京子は、そのメーカーからアルガス宛に、毎年夏と冬にビールの詰め合わせが送られてきていると加えた。


 再び空いた缶をポンと一本目の隣に並べ、京子が三本目へとうつろな視線を向けると、綾斗がすかさず手を伸ばして袋の口を握り締めた。


「ここ俺の部屋ですからね? ちゃんと自分の部屋に帰って寝れますか? 自分の足でですよ?」

「自然な私を受け入れてくれるんじゃなかったの?」

「程度の問題です。身体にも悪いですよ」


 綾斗は袋を持ち上げ、残りの酒を確認する。缶チューハイ二本と細長い瓶の日本酒が一本に、ノンアルコールのサイダーが二本入っている。


「まだ頭ハッキリしてるし、部屋は隣だから大丈夫だよ」

「昨日も同じような事言ってましたけど?」


 ベッドから足を下ろし、綾斗は袋から取り出したサイダーを京子に渡した。


「やっぱり、次はこれにして下さい」


 京子はサイダーを両手で受け取りながら、不服そうに唇をとがらせた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る