14 元キーダーの彼

「お帰りじい。今回は早かったね」


 綾斗あやとと昼食を済ませてホールへ向かった京子は、入口の向こうにのぞいた白髪交じりの頭に声を掛けた。

 入ってすぐの所で正座する大舎卿だいしゃきょうは、精神統一の真っ最中だ。

 彼は肩越しに「おぅ」と返事すると、崩した足を胡坐あぐらに組み替えた。


 京子と綾斗は少し距離を置いて、彼の向かいに腰を下ろす。いつもひんやりと冷たい床が、ほんのりと温められていた。


「とんだ目にったな」

「突然だったんだよ。けど、私狙われたんだよね?」


 何度思い返しても、その答えに行き着く。光はあの場所にいた京子へ放たれたものだ。

 大舎卿も「そうじゃな」とうなずく。


「偶然バスクがそこに居合わせて、何の意図もなく攻撃してきたとは考えにくいじゃろうな」


 身をひそめて生きるバスクにとって、キーダーへの攻撃は致命的な行為の筈だ。

 京子は自分のひざをぎゅっと抱きしめる。


「また来るのかな。本部うち管轄かんかつで今まで被害が少なかったのは、たまたま運が良かっただけだと思う」

「いつでも戦えるようにしておくのじゃぞ? そんな足では体力的にも精神的にも負けが見える」


 「お前もな」と大舎卿に声を掛けられて、綾斗は「はい」と嬉しそうにはにかんだ。


「ワシらの敵は宇宙人でも怪獣でもなく、人間じゃ。そんなのはアルガス解放以前からの話じゃからな」


 『大晦日の白雪』が隕石でないことを知った時から、京子もずっとその現実を噛みしめている。


「バスクはどれだけ居るんだろうね」


 キーダーの素質を持ちながら、国の管理を逃れて生きる能力者がバスクだ。

 銀環ぎんかんの制御がなければ、ふとしたことが誘因となって大暴走を起こすらしい。能力者の意思を反して放出されるエネルギーは通常の比ではなく、『大晦日おおみそか白雪しらゆき』がバスクの暴走だととらえる人間も多い。


 バスクからキーダーへの転身は可能だが、それを望む人間はあまり多くなかった。

 『キーダー』や『バスク』がその力を望まない場合、力は強制的に剝奪はくだつされ『トール』と呼ばれるようになる。

 

「今、アルガスに在籍するキーダーは十二人。少なく見積もっても倍は居るじゃろうな。まずは、目の前の仕事をこなすのがワシ等の務めじゃ。お主等ぬしらマサの所に行ってこい」

「マサさんの所?」


 京子が何だろうと立ち上がると、大舎卿がふんと鼻を鳴らす。


「久しぶりに、アレが飲みたい」

「アレ……? って。そういうこと?」


 ハッとして京子が顔を上げるが、状況が掴めない綾斗は二人を交互に見つめ首を傾げた。



   ☆

 アルガス二階に並ぶキーダーの『自室プライベートルーム』で、京子の三つ隣がマサの部屋だ。

 扉をノックすると、「おぅ入れ」と声がする。


「何シケた顔してんだよ。待ってたぞ」


 中に入ると、仁王立ちしたマサが窓辺で二人を迎えた。いつも会っている彼に違和感を感じてしまうのは、見慣れたジャージ姿ではなく制服を着ているからだ。


「珍しいですね、そんな恰好」


 ソファに脱ぎ捨てられたジャージを一瞥いちべつする綾斗に、マサは「どうだ」と腰に手を当ててポーズをきめた。

 彼が着ているのはキーダーの制服とは違い、ノーマルの施設員と同じものだ。紺の上下にセナと同じ山吹色やまぶきいろのネクタイを締めている。


 けれどそんな久しぶりの制服姿よりも、京子は相変わらず物の多い部屋が気になって仕方なかった。机の上やテーブルの至る所に、本や書類が山のように積みあがっている。

 昔からここはずっとそうで、まだ彼がタバコを吸っていた数年前までは『絶対に火事を起こさないように』と上から厳重注意されていた。


「私、この部屋で地震にったら、倒れた書類で圧死する自信あるよ」

「はぁ? 訓練が足りねぇんだよ。キーダーなら力で避けられるだろ?」


 「うるせぇな」と笑うマサから目を逸らし、京子はヤニで色付いた壁に溜息を零す。


「それより今回は綾斗と二人なの? 場所と期間は?」


 マサが制服を着るのは、式の時と管轄外への仕事を言い渡す時だけだ。別にいつものジャージで問題ないと思うけれど、その辺は彼のこだわりらしい。


「まぁあせるなよ。俺に仕事させてくれ」


 京子は綾斗をうながし、マサの前に並んだ。

 マサはテーブルに高く積まれた本の上に乗った書類を、それぞれに差し出す。


「なぁに一週間もあれば終わるさ。仙台に行ってもらうからな」


 京子は分厚い紙の束を抱えて、中にさっと目を通した。バスクと思われる男の調査依頼だ。

 アルガスの東北支部にはキーダーが在籍しておらず、関東や北海道が臨機応変に足を延ばしている。


「ついでに実家で息抜きしてきても良いぞ」


 『大晦日の白雪』の時帰省中だった京子は、そのトラウマであまり実家に帰れずにいた。

 新幹線で一時間半の距離だが、今自分の場所をプライベートな理由で長く離れることに不安を覚えてしまう。


「一週間か」


 アルガスは支部の数に対して慢性的まんせいてきにキーダーの数が少なく、一週間程度の出張は珍しいことではない。行ってしまえば問題ないけれど、この瞬間だけは少し憂鬱ゆううつになる。

 そんな京子に、マサは腕を組んでニヤリと口角を上げた。


桃也とうやに会えなくなるのが寂しいのか?」

「そんなことないです!」


 面食めんくらった顔で京子が言い返すと、マサは「ならいいだろ」と歯を見せる。


「昨日のことは置いといて、とりあえず行ってこい。綾斗の先輩としても、任務を果たして来るんだぞ」


 マサは、京子と綾斗のトレーナーだ。いわゆる教育係。それに加えて、スケジュールや体調などキーダーの管理をしている。

 彼は元キーダーだ。京子がアルガスに入る二年前まで、この支部で大舎卿と仕事をしていた。

 それが、前触れもなく突然力を失ったらしい。


 キーダーとしてたたえられた幼少時代を経てアルガスへ入り、たった四年でその力が途絶えた。力の自然消滅は他に例がないというが、彼はトールとしてアルガスに残る選択をした。


 書類にまみれた机の引き出しには、今でも彼の趙馬刀ちょうばとうが入っている事を京子は知っている。つかの根元には彼が自分で彫ったという星印が刻まれていた。

 キーダーの力は不安定で確実なものなど何もないと言うが、マサが再びその柄に刃を付ける事はできるのだろうか。


 一見楽観的に見える彼がどんな思いで自分たちに接しているのか、たまに不思議に思うことがある。

 桜の章が消えた制服を着て、マサは「行ってこい」と親指を立てた。


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