第14片

陣痛が始まり、半日近くが過ぎました。

身体が弱い娘は息も絶え絶えになり、

力が弱っていきました。


その時、強めの痛みが走りだします。

村の女達は、これが最後の機会チャンスだと

言わんばかりに励まし、お腹を触り、

出産を促します。


それでも力が入りからない娘は苦しそうにしています。


魔法使いは、

力が入りやすくするため、上体を少し起こしてやり、

後ろから支える様にかかえ、自身にもたれかけさせました。

そして、力が出るように腕を掴ませました。


掴まれた腕に爪が食い込み、血が流れます。

それでも魔法使いは必死で娘を支えます。


やがて、娘が一際大きな叫びをあげると同時に、

赤子の鳴き声が響き渡りました。


村の女達は泣きながら喜びました。


急いで血を拭ってやり、娘の胸元に抱かせてやります。


娘は弱々しく涙を流し、我が子を抱きしめました。

魔法使いもその後ろから二人を抱きしめます。



“ありがとう”

魔法使いが娘に伝えたその時でした。


娘の身体から力が抜け、動かなくなったのです。


魔法使いは頭が真っ白になりました。

背中に耳を当てるものの、心音が聞こえません。


村の女達も焦り、呼びかけます。



魔法使い真っ白な頭で一生懸命、考えました。

そして、胸に抱かれながら泣く我が子を見て

決心します。


魔法使いは女性の内の一人に

子供が寒くないように抱いててほしいとお願いします。


頼まれた女性は頷き、

子供を大切そうに抱き抱えました。


それを見届けると、魔法使いは村の女達に、

これから行われることは絶対に口外しないで欲しいと

頼み始めました。


魔法使いは忌み嫌われる存在。

娘と子供が自分の影響で迫害されるなどあってはいけない。


そのために、口外しない様に言ったのでした。


村の女達は、静かに頷きました。


すると魔法使いと娘の身体が淡く、蒼く輝き始めます。


村の女達は察しました。

口外するなと行った意味も。

これから彼がしようとすることも。


子供を抱いた村の娘が魔法使いに駆け寄ります。

“この子にはあんただって必要だよ”と、

語りかけ子供を抱かせます。

ですが、魔法使いは静かにお礼をいうだけでした。


魔法使いはそっと我が子の頭をなで抱きしめます。

泣き止んだ我が子がきゃっきゃと笑い、

指を握ってきます。

暖かく柔らかな命に触れ涙を流しました。


“すぐにさよならをしてしまう父親で、ごめんなぁ”


“大きくなったお前はどんな人になるんだろう。

 彼女に似た凛々しい男の子だろうか。

 この目で見たかった“


“俺のこと、忘れちゃうんだろうな。

 でも、ずっとずっと見守っているよ。

 愛しているよ。どうか、元気で“


魔法使いはそう、子供に語りかけ、

優しく強く一度だけ抱きしめ、

また、子供を預けました。


そして女達に娘宛の伝言をお願いしました。


“一緒に歩めなくて、ごめん”

“いつまでも、二人を、愛している” 、と。


女達は泣きながら、

“せめて、直接伝えてやって欲しい。お別れを言うくらいは出来るんじゃないのかい”と言いますが、

魔法使いは首を横に振ります。


“この子達を頼みます”魔法使いは一言告げると

娘に優しく口付けをしました。


とても優しく温かな強い光が部屋を満たしました。






魔法使いは消えゆく意識に水底で思います。


––あぁ、なんて満ち足りた人生だったのだろう。

 喜びも、悲しみも、苦しみも、愛情も、

 全て君が教えてくれた。

 

 それを、この子にも教えてあげてほしい。

 俺に光を教えてくれたように……。


魔法使いの目には初めて会ったあの日の、

娘の笑顔が見えていました。

白い光に包まれ、笑顔に手を伸ばします。


–––愛している。ずっと。ずっと。





眩い光がやがて消え、魔法使いは動かなくなりました。

濡羽ぬれば色だった髪も白くなり、血の気の引いた顔をしています。


女達は心優しい魔法使いと娘のことを想って泣きました。

子供も何かを感じたらしく、泣き始めます。


やがて、魔法使いにもたれかかる様な姿勢になっていた娘が、目を覚ましました。


状況を判断しようと虚な目で周りを見渡します。

皆涙しており、嫌な予感が胸を刺し、魔法使いの姿を目で探します。


気が動転する中、自分にまわされた腕に気付きました。


娘は魔法使いを見つけ、“そこにいたのね”と言い、

安堵した顔で振り返りました。


娘はその瞬間、息をするのを忘れてしました。


そして、現実を受け入れられず、

安らかな微笑みをたたえる魔法使いに

“目を覚まして”と何度も語りかけます。


やがて、身体は残った体温を緩やかに溶かし、

少しずつ冷たくなっていきます。


それでも認めたくありませんでした。

いえ、認められませんでした。


魔法使いの頬に、

頬擦りをして熱を逃さない様に抱きしめます。


そして、魔法使いの名を呼び続け、

娘は縋る様にキスをしました。


その瞬間、娘の頭に

魔法使いの記憶が流れ込みます。

主にそれは魔法使いと出会ったあの日の記憶でした。


そして、娘は全て思い出しました。

忌まわしいあの日のことも。

その記憶から自分を守ってくれたことも。


娘は魔法使いを強く抱きしめ、泣き叫びました。

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