第11片

あの日以来、娘の治療は止まったまま、

数日が過ぎてしまいました。


今は治療をしなくても生きていける身体にはなってはきているものの、子供を産む事や健やかに年老いる事ができるかはまだ保証できませんでした。


できれば完璧に治してあげたいと魔法使いは悩みます。


そして、その悩みを考えている過程で、わからない事が一つ出てきました。


それは、彼女自身の身体が痛いわけでもないのに、

どうして自分のことで泣いたり怒ったりしてくれるか、ということでした。


そこで魔法使いは夕食の後、娘に聞いてみることにしました。


すると娘は

"身体は痛くなくとも、心が痛い"と言いました。


魔法使いは

"何故、心が痛くなるの?"とさらに質問をします。


その質問に娘は躊躇いつつ

"あなたが大切だからよ"と応えます。


魔法使いは

"どうして、大切なの?治療をしてくれる存在だから?"

と残酷な質問をします。


娘は困ったように

"それは、あなたが好きだからよ"と、

ただ、ただ、微笑むのでした。


仄暗い中、月夜に晒された娘の微笑みは

とてもまばゆく、美しく輝いていました。


魔法使いは目がくらみそうになりながら、

ぽろぽろと輝く涙を落としました。


娘は魔法使いを愛おしく想い、

そっと手を伸ばし、胸の中に彼を収めて言いました。

"あなたが大事だから、

あなたが苦しいと私も苦しい。

私の為に苦しまないでほしい。

そして、もっと沢山の人と出会い、

普通の人として生きてみてほしい。

きっと私よりも素敵な人とも会える。

死に急がず、生きてみたいと思える様な人ときっと"、

と。


魔法使いは、娘の優しい香りがする腕の中で泣きました。


そして、彼女を強く抱き返し、お礼と共に言いました。

"一目惚れ、だったんだ。

 単純かもしれないけど、

 一眼見た時から好きになっていた。

 やがて、話す様になって、いろんな顔を見て、

 愛おしくなった。

 きっと、どんなに沢山の人と出会えても、

 きっと、君を選んでしまうだろう。

 それくらい、君を愛してしまったんだ"、と。



魔法使いは娘の胸に埋めた顔をあげて、

娘と瞳を合わせ合いました。


そっと娘の頭を引き寄せ、二人は口付けをしました。


“愛している“


魔法使いは、そっと囁き、さらに深く口付けていきます。


娘も受け入れ、互いに求め合い

深く、深く、何度も口付けをしました。


離れてはまた混じり合い、絡み合い、

まるで、溶け合っていく様でした。


重なり合う吐息の合間に娘の口から

"一緒に生きてほしい"という言葉が零れます。


魔法使いは口付けをやめ、躊躇いながらも、娘に今治療をやめれば、子供を産む時に耐えられない可能性や、年老いた時に不自由が出るかもしれないと説明します。


娘は、"それでもあなたのいない世界よりは良い。だから私と生きてよ"と、魔法使いを抱き締め、笑いました。


星が天高く輝き、

お月様が微笑んでいるような優しい夜。


魔法使いはこの優しい娘と生きてみたいと、

初めてせいを望んだのでした。



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