第9片

治療を始めてから2ヶ月程が過ぎ、

娘は歩くことができるようになりました。


順調に治療が進んでいる中、

一つの事件が起こったのです。



いつもと変わらず、治療をしていた時でした。


治療中に魔法使いが血を吐いてしまったのです。


娘は慌てましたが、

大丈夫だと魔法使いはなだめました。


娘は鼻血の時といい、やはり病ではないかと

焦り、心配しました。



その日から娘は魔法使いの行動をよく見るようになりました。


そして気づいてしまったのです。

必ず、治療の後に苦しんでいる事に。




次の日、娘は治療をしようとする魔法使いの手を止めました。

不思議そうにしている魔法使いに問いかけます。


"治療は私にとっていいものだけど、あなたにとっては違うのでは?"、と……。


魔法使いは否定します。


魔法使いにとっては

治療と引き換えに身を削っていくことは

苦しみではなかったのです。


けれど、娘は納得しません。


どうしたらいか迷った魔法使いは

渋々自分の記憶がある限りの生い立ちと

魔力の事を伝えました。


彼女と出会う前から

自分が死ぬために魔力を使い続けていた事も一緒に。


そして、娘の手を取り

柔らかい微笑みをこぼし、こう言いました。


"魔力が無くなれば、無くなるほど、こうやってもっと君に触れられる"


"この温もりを身に刻み、命のついを迎えられるのなら、俺は幸せなのだ。

そんな温もりをくれた君には生きて幸せになってほしい"、と。


娘は泣いて魔法使いを抱きしめました。


死ぬ事が悲しいと感じる娘と

死ねる事が嬉しい魔法使いの感覚は

到底、相容あいいれぬものでした。


でも、

互いの温もりが愛しいと、存在が愛しいと、

思うのは一緒でした。


だからこそ、

娘は涙を止めることができませんでした。


魔法使いは

“悲しみを背負わせて、ごめんね“と、

悲しそうに微笑みました。


それはまるで、

娘を生かし、自分は死に逝くことが

決まっているかの様な言葉でした。


そして魔法使いは、

泣きながら“バカ“と胸を叩く少女を、

ただ、ただ、優しく抱き締めるのでした。



紅々あかあかと胸をこがす様な斜陽の中、

眩しさと、暖かさと、涙に包まれながら、

2人は寄り添い合ったのでした。

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