第8片

娘は魔法使いの家でしばらく

治療を受けることにしました。


娘の村は少し遠く、通うと身体の負担が出てしまうため

それが最善という事になったのです。


村に連絡をするかと魔法使いは聞きました。

娘は村長に連絡したいと申し出ました。


娘は早くに両親を亡くし、村長夫婦に助けられながら

生きてきたのでした。


それを聞いた魔法使いは、魔法で白く美しい鳥を造形し、紙とペン共に娘に渡します。


娘はお礼を言い、手紙をしたため始め、

鳥に括り付け飛ばしました。


蒼く澄んだ空に、

白く羽を輝かせながら鳥が飛んで行きます。


娘は美しい鳥を見て、疑問を感じていました。


"魔法は本当に恐ろしいものなのだろうか。こんなに綺麗で優しい力なのに……"と。





それから数日が経ちました。


魔法使いは自分の側に暖かい気配がする事に

嬉しさを覚えていました。


誰かと生きていた記憶は

遠い昔、風化して消えてしまった為、

魔法使いにとって、娘との生活はかけがえのないものだったのです。


魔力の残量が少なくなってきている今、

魔法使いは思います。


残された時間、彼女とできるだけ生きられたら、

どんなに幸せだろうか。

愛されなくても良い。

ただ近くで幸せな姿を見守りながら逝けたら、と。



この長い人生の終着は、

どうか、そんな幸せに満ち足りたものであってほしいと

魔法使いは心から願うのでした。



そんな中、彼女の治療は日毎ひごと緩やかに

行われていきました。


急な身体の変化に人は耐えれないため、

ゆっくりと慎重に丁寧に行われました。


魔力を再生力に変換し、

再構築した組織と元々の組織を慎重に繋げ、馴染ませ、少しずつ繰り返して身体を元に戻す。


これは、魔法使いにとってはかなり疲れる作業でしたが、娘の笑顔が見れるなら苦ではありませんでした。



回復を喜び、笑顔を綻ばせる娘を

魔法使いは優しい眼差しで見守ります。


揺れる様に輝く薄紫アメジストの瞳は、

あまりにも優しく、美しく、儚げで、

娘はその瞳に見つめられていたい、と思うようになっていきました。


そんな、2人の時間は優しく過ぎ、

娘は優しい魔法使いに自然と惹かれていきました。


満たし満たされ、

生かし合えたらどんなに良かったことでしょう。


そんな事を嘲笑うかのように、残酷かな運命は、

そっと終焉に向けて歯車を回し続けるのでした。





やがて夜の帷が降りた頃。

魔法使いの家の裏で不穏な水音が響いていました。


ぴちゃぴちゃと何かが滴る様な、零している様な、

そんな音がします。


うごめく影を月夜が照らし、

惨状があらわになりました。


なんと、その正体は魔法使いでした。


身体を震わせ、

嗚咽おえつし、血を吐く魔法使い。


魔法使いは苦しみながらも悩んでいました。

治しきるまで、自分はもつのだろうか、と。



実は、娘を助けた夜、

ほとんどの魔力を使い切っていたのです。


人の再生は予想外に魔力を使うものでした。


目や鼻から出た血は

魔力が僅かな状態で魔法を使用した為、

身体に負担がかかって出たものだったのです。


一度に力を使い過ぎたせいで、感覚が鈍り、

魔法使い自身もこの事に気づけたのは最近になってからでした。


魔法使いは置かれた状況を分かっていながらもなお、どうすれば娘を治しきれるかと考えます。


世界に色を取り戻してくれた娘には

なんとしても幸せになって欲しかったのです。

その為には、ほつれかけている娘のせいつむぎ終えなければならないと焦りました。



"どうか彼女を治すだけの時間と力が残っていますように"と、魔法使いは神様に初めて祈ったのでした。



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