第6片

それから数日が立ちました。


娘はまだ、目を覚ましません。

魔法使いは悩みました。


そこで魔力を使い、

娘の頭の中を覗いてみる事にしました。



目をつむり、娘の額と自分の額をつけ目を瞑ります。

そこで見えたのは、あの日の光景でした。


口にはできない程に

痛々しく、苦しく、生々しい記憶でした。


生きながらに捕食される恐怖と混乱と苦痛。

その負の連鎖にまみれ、

娘の精神は崩壊しかけていました。



娘の悲鳴と共に、

現実に意識を戻した魔法使いは悲しみました。



そして、娘の額に手を当てて、

あの日の記憶を消したのでした。



––––自分に向けてくれた、笑顔と共に。





やがて、悪夢から解放された娘はゆっくりと瞼を開けました。

うっすら開いた蒼色あおいろの瞳には生の輝きを宿していました。


魔法使いは、喜びに震えました。

 

そして、ここがどこかわからず焦りはじめる娘に、

魔法使いは森で倒れていた為、

自分の家に連れて帰り介抱したと優しい嘘をつき、

娘を安心させようとしました。


そうやって話をしているうちに魔法使いは

あの日の笑顔を思い出してしまい、

悲しくなっていきました。


自分はただの通りすがりの人。

それでも彼女の心に少しでも残っていたらよかったのに、と思ってしまいました。


徐々に目頭が熱くなり、

魔法使いは娘にゆっくり休む様に伝え、

逃げるように席を外しました。


そして、別の部屋に飛び込み、

扉を背に崩れ座りました。


薄紫アメジストの瞳から

一滴ひとしずく、また一滴ひとしずく

涙が零れ落ちていきます。


涙の止め方も忘れてしまった魔法使いは

泣き続けました。


虚しさと嬉しさで満たした心をいだいて。



泣いているのに、笑みがこぼれ、

自分はとうとう壊れてしまったんだろうと思いました。


"彼女が助かったから、いいじゃないか"と

自分に語りかけますが、虚しさは増すばかりでした。



やがて、涙が落ちついてきた頃。

頬の涙をぬぐい、

魔法使いは娘のもとに戻ろうと立ち上がりました。



その涙に、血が混じっていると気づかないまま。

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