第7話 エロチカ part3




 小雨の影響か、街の気温はどんどんと寒くなっていった。

 それでも、ユナに編んでもらった服は雨粒を弾き、冷たくなる空気から体を守ってくれていた。

 

 レイの名前を受けた少年が、奇妙な草笛の音の鳴り所と、消えたシンディを探して行きついたのは、商店街の混雑した通りから外れた、レンガと木を合わせて造られた建物で挟まれた薄暗い裏の細道だった。


 ふと視線の先、積み立てられた木箱の隙間に野良猫が雨宿りをしているのが見えた。しかしその野良猫は、少年の気分を悪くするような笛の音に対して怖がっていたり、警戒心を見せているといった素振りは見せていなかった。


「もしかしてこの笛の音は自分にしか聞こえない……?」


 彼は悪意に満ちた音に警戒しながら、細道の交わる十字路に辿り着いた。

 いったん足を止め辺りを見回し、再度シンディと音の居場所を探った。

 通りにいた時よりも確実に近づいてはいるが、特定することはできなかった。


 ただ足元に、雨によって浮かび上がった靴跡が残っていることに気が付いた。サイズはレイと同じ程度でとても小さい。そしてその横には大きな靴跡があって、どちらも出来て新しいものだった。


 じっとその足跡を見ていた時、視界の端に何かが映った。

 彼の立つ十字路の先にある、また別の分かれ道の所を、何者かが歩いているように見えた。


 すぐに顔を上げて、その方を見た。

 ――――が、もう既にそこには誰も、何もいなかった。


 不思議と恐怖感のなかったレイは十字路を曲がって、その分かれ道の所へ向かった。するとそこに、さっき見つけた大きな靴跡があった。今通った何者かのモノだろう。


「いくら大きいとはいえ、このサイズはさすがにシンディさんのものじゃないだろう……。これは一体、誰の物なんだ……?」


 その時、さっきまで彼のいた所を、二人の男の子が走っていくのが今度ははっきりと見えた。すぐに視界から消えてしまったが、死角から水たまりを走って踏んだ音が聞こえてきた。

 

 徐々に笛の音も強くなる。すぐさま男の子の走って行った方へと、レイは駆け出していった。




 ◇ ◇ ◇


 そこはボロボロの洋瓦で出来た屋根、固めた泥で造られた壁と、木を柱にした家がいくつも並んでいるが、どの建物にも人が住んでいる気配がない。


 道の真ん中には干上がった川があり、降る雨がここに溜まる泥を湿らせた。川を仕切る柵も錆びついて一部が無くなっている。


 また川を挟む二つの道路はレンガで出来てはいるが、表のレンガの街並みのような均衡美はどこにもなく、単に敷き詰めましたと言わんばかりに風情がない。また老朽化も激しく、隙間からは雑草やらコケ、枯れた小さな枝木が生えていた。


「うへへへ……、うへへへ。うへへのへ……」


 ――――白粉をたっぷり塗りたくった顔に浮かぶ鼻のてっぺんの赤い球体と、口が裂けているように見えるまで、誇張して塗られた口紅は、その存在をより一層不気味に、そして素顔を捉え難く見せる。


 右目を覆うひし形のマークに雨粒が落ちたが、化粧は消えない。


 衣服は蛍光色ばかりの布地で作られ、白黒のハットから飛び出すアフロヘアも、同じように色彩鮮やかだった。

 革靴のサイズは大袈裟で、歩くと空気の抜けた音がする。

 ピエロは口から草笛を離すと、これを被っているハットの中へとしまった。


「うひぇへへへへへ…………。神は僕を肯定している……。僕は救世主、救世主……。神が授けてくれた【愨能】が何よりの証拠だろう…………。神は心の底から僕を愛しているんだ……。うぇへひへへひひひ………」


 ピエロが不気味な笑い声を出すと、口紅で描かれた唇が歪んだ。


「今日も解放されるべき子どもたちが集まった……! よかったねえよかったねえ、君たちはもう二度と、あんな地獄みたいな世界の戻らなくていいんだ! あとちょっとで本当の心で愛し、愛される、優しい世界に辿り着けるからね! もうちょっとの辛抱だよ……!」


 肩にかかった雨水をはらいながら、ピエロはワクワクとした感じに言った。

 気味悪く笑う狂人の前には十歳から十五歳程度の小さな子どもたち、合計六名が、呆然と立ち尽くしていた。


 性別種族関係なく、少年少女皆背が低い。また衣服から見える貧富の差は様々で、ボロボロで布のつなぎ合わせで出来た物を着る子もいれば、真珠か何かで出来たボタンが付いている、高級な赤い生地を使った服を着る子もいた。


「ああ、早く! 早く早く! 『ユートピア』に帰っていっぱい遊びたいなあぁあああッ! ウフフッ、興奮してもう絶頂ぜちょっちゃいそう……ッ! 」


 ピエロは、巨体を支える腰を前後に激しく振りながら叫ぶと、今度は股間を握りしめつつ、一人一人子どもを指さしていき、変態(異世界式規制単語)した。


「ああ! この子もほんと可愛い! この子もッ! あああとこの子もッ! ああ! 最高だぁ! ああイグッ! 戯れを想像してイってしまヴッ」


 何度も体がビクつくピエロだったが、突然背丈が急に自分と近くなった少女が視線に入ってしまった。


 十五歳の人間にしては非常に高身長だった。

 黒髪の中にぴょこんと伸びた白髪と、グラマラスなボディは、本来ならば美貌の対象と言えるが、ピエロは変態性癖者。この風貌に心臓を壊した。

 

「ってうわあああああッ! 大人がいるあああッ! ――――ってなんだ、ただデカイだけの十五歳のメスかよ……。ほんと、私の【愨能】はこういう守備範囲外のヤツまで連れて来ちまうってのが難点だよなぁ……」


 そう言って嫌そうに、唾を無表情の彼女の顔に吐き捨てた。侮辱された彼女だが、これに対し何のリアクションもなかった。


「まっ、とりあえず僕の『ユートピア』に連れて行って、労働に勤しんでもらおう。僕たちが本当の子どもたちといっぱい遊ぶためにね……」

「おいてめえ! またやってんのか!」


 急に後ろから激しく鋭い口調の男の声が聞こえてきた。


 後ろを振り向くと、そこには不良の代名詞と言われる、モヒカン頭をしたヒトの男と、腰まで延びた金髪を靡かせる、ピアスを体中に開けたエルフの男、そして、眼の周りに黒いクマがくっきりと出ているスキンヘッドのエルフの男、その三人がいて、ピエロにメンチを切っていた。


「ヒィイイッ! 今度こそ大人ぁああ!!??」

「んだてめえ観念しろやてめえエエオイ! ここは俺たち『ママン・コーマンブラザーズ』連合の縄張りなんだぜェ!? 勝手に入ってくるんじゃねェよ! てめえのせいでここいら最近ギルドの連中に目ェ付けられちまったんだよォ! どう責任とってくれんだァ!?」

「これじゃあオチオチナンパもできねェ!」

「いい加減にしねえとシバくぞゴラァクソピエロ!」

「ひいい……大人こあいよぉ……」


 ピエロは三人に一斉に吠えられ頭を抱えてしゃがみこんでしまった。震える彼に三人はどんどんと罵声を浴びせるが、三人のうちの一人のピアス男が、呆然と立つ子ども、しかも真珠のボタンを付けた男の子の顔を見ると、罵声をやめ、にやけた表情を浮かべた。


 何か悪いことを企んでいるような風だった。


「オイオイブラザー、このガキたち、よく見たら育ちィ良さそうな奴も混じってるじゃねえか」

「なんだと? ――――ほぉ……。確かにそいつは良さそうだ。それによく見たら周りの連中も結構な上玉ばっかだ」

「そうだぜブラザー、こいつの草笛の能力、腐ったマ○コより使えるんじゃねえのか?」


 ピエロの帽子をスキンヘッドの男が蹴っ飛ばした。「あっひょおっぉおおおいいい!?」と情けない声で叫んだが、リーダー格らしきモヒカンの男は構わず、ピエロの派手な色のアフロを掴んで持ち上げた。


「どうだ? てめえの能力を使ってビジネスしねえか?」

「び、ビジネス……?」

「そうだ――――。てめえが草笛吹いてガキどもを連れてきて、俺たちがそいつらの服やら金目のモノを奪う! ってモンさ。おまえもガキが手に入るし、俺たちも奪った金目のモノで稼ぐことが出来る!」


 不良たちはさも天才の発想と言わんばかりに、胸を張ってビジネスを提案した。彼らの態度に対し、ピエロは下を向いた。


「どうだ? ウィンウィンの関係だろ? だから俺たちの言うことにこれから従って――――」

「『服やら金目のモノを奪う』だとてめえ? ――――なめた口してんじゃねえぞ」

「は?」


 不良らの嫌な態度を前に、ピエロの表情が豹変した。そして、大人怖い、大人怖いと怯えていた顔に、鬼の覇気に似た怒りが表出した。


 突然ピエロの肉体から、燃え上がるような赤色の【愨光】が飛び出し、アフロ頭を掴んでいた不良の男を飲み込んだ。

 そして飲み込んだのと同時に、光は赤から茶色に変化した。


「てめえよぉ……、俺は子どもを商売の為に連れてくるなんて真似ェ許せねえんだよ……。それに、子どもたちの服を売ろうなんざてめえ……、――――マジでぶっ殺すぞ??」

「な、なんだてめえ……赤と茶の【愨光】って……」

「オイブラザー! あんたのお腹! お腹!」

「えぇ……? 俺の腹がなんだって――――――――」


 モヒカン頭の男は仲間二人に指を差された自分のお腹を見た。

 するとどうだ。自慢のレザースーツの間から血がまるで噴水のように大量に吹き出してきたのだ。


「アギャアアアァ! アアァアツ! なんだこれぇ……!? 『痛い』ッ! なんでこんなに『痛い』んだよォ!」

「ヒイイイイ……! ブラザーの腹が血だらけに……!」


 腹を切られた男は出血箇所を抑えながらのたうち回り始めた。

 後ろに引く二人をピエロは逃すまいと睨みつけた。


「服はよォ……売るんじゃねえ……。ゆっくり、ゆっくり、ゆ――――――――っっっくり脱がせていくんだよ……。それはそう、バナナの皮を、むきぃ、むきぃ、むきぃいい……ってするようになぁ……! ケガレのない美しい肌が……! 徐々に露になってくっていうのが……! 一番に! 興ッ奮するんだろうがよォ!」

「ヒイイイ――――――――――――ッ!」

「フンイキもねえてめえらに! この世界を生きる資格もねぇええええええッ!」


 その時モヒカンの男が痙攣をし始め、口から血の混じった泡を噴き出した。顔が真っ赤になり、苦しみ悶え、目が今にも飛び出しそうなほどだった。


 残された二人は、苦しむブラザーと変態のピエロを見て、さっきまであった勢いを完全に失ってしまった。


「ひいいっ! マジの変態だ――――ッ!」

「凶悪すぎるッ! こいつはヤバすぎる――――ッ!」


 二人は一人を見殺しにして逃げ出していった。ピエロは深追いすることなく、激しくのたうち回って痙攣する男を、川へと蹴り落として事を片付けた。


「ホント、飛んだ邪魔が入ったぜ。さあて、そろそろユートピアに出発を……」


 蹴とばされたハットを拾い上げたピエロは、今一度という風な形で子どもたちを見回した。


 するとふと、自分の視線の先に異様な少年が映った。

 茶髪で、男の子にしては少し可愛げがありすぎる童顔。細い四肢、色白で日焼けを知らなさそうな肌。丸くキャンディのような瞳は、そこに立つ子どもたちの中で、一番きらきらと輝いていた。


 ショタ、と形容するに最もふさわしい要素を各所にちりばめた少年だった。


「あれ? こんな子……さっきまでいたっけ……」

「……………」

「【愨光】がほとんどない……? それにしても……、顔付き、サイズ、雰囲気、体付き……」


 瞬間、彼の下半身が雷に打たれた。


「やだああああ――――――ッ! 超ッ! 絶ッ! 好みィイイイ――――――――ッ!」

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