第5話 エロチカ part1




 バラキーアの街並みは、よく『調色板の街』と呼ばれている。


 これは、レンガの街並みが区画ごとによって色を変える様が、まるで調色板に見える所から来ている。


 明るいオレンジのレンガの街並みを抜けたかと思うと、途端にクリーム色のレンガを中心にした建物が並ぶ風景に変わる。建物だけでなく、そこを舗装する道路のレンガも同じく変わる。

 

 使う石や、並び方もまた区画ごとに特色が出ており、これらの街並みを眺めて歩くだけでもバラキーアを観光した気分になれる。


「いやぁ……何度見ても魅力的だなぁ……、美しい街並み、優雅に進む白馬車、そしてちっちゃい茶髪ショタ……」

「本当にユナさんって犯罪者気質ですよね……」

「なんとシンディ、犯罪者だと。どこだ、捕まえてやる。私はギルドの団員だぜ? ――――そんなことよりこの町を観て何か思い出すことはないかい」


 ユナは、馬車窓から外の景色を眺める少年に向かって聞いた。

 しかし彼の顔はとても残念そうにしていた。


「いえ……、まったく……」

「ううむ、残念、何か思い出すきっかけになると考えたんだけど」

「どうしましょう。街の人に聞いてもみんな知らないって言うし……」

「それに【愨光】がまったく感知できないから気味悪がられるばっかりだしね。あのまま聞いて周ってたら石投げられてたかも」

「困りましたね……」


 少年含め、馬車に乗る三人の表情は曇ったままだ。


「――――あ、そうだ。今週のギルドの入団試験受けさせてみるか」


 ぱっと晴れたユナの顔を見てシンディは驚きの表情になった。


「なるほど、入団試験を……、――――ってはい?! ぎ、ギルドの入団試験にですか!?」

「ああそうだ。いい案だろう」

「いやいやいやっ、いくら彼強いとは言っても、さすがにきついですって! 毎年死者は出るわ、有力だった学生の愨能能力者が青ざめて帰ってくるわ……、とにかくこんな何も知らない人に試験を受けさせるなんて……、それに十五歳以上かどうかも!」

「まあ待て。確かに彼を入団試験に連れていくとは言え、受けさせるのは一次試験だけだよ」


 ユナは高級馬車特有の赤く、体が沈みこむほどのクッション性を誇る座席に、深々と背を預けながら言った。


「ギルドの一次試験にはね、もういろんな個人情報をみんなわかっちゃう能力者がいるのよ。そこでその人物がギルドに相応しいか判断するってわけ。言っちゃえば、ほとんどそこで合否が決まるのさ」

「ほとんどですか……」


 実態に対してシンディは緊張した面持ちを見せた。それは事態をよく分かっていないレイの困惑した表情と対照的だった。


「あ、試験の内容は本来口外禁止なんだけど、言わないでね。クビになっちゃう」

「けどつまり、そこで彼の身元を断定しよう、ということですね!」

「その通り。あんなことやこんなことまで丸裸にされるわけだ」

「さすが、ギルドの試験っていう感じですね」

「ああ、ほんの一握りしかなれない、狭き門だからね。そんぐらい厳しくいかないと」


 その狭き門、という単語にシンディは笑顔を見せながらも、少しへこたれたような顔になった。


 ユナも彼女の表情の変化に気付いていないわけではなく、その現実に直面して葛藤している彼女の様を、どこか納得したように、そして保護者のように見ていた。


「いつも公表していないけど、今年は確か六人なれるとか言ってたね。シンディ、君ならそこに入ることが出来るよ」

「……いえそんな……」


 謙遜するような返答ではなく、彼女は否定という形でユナの言う事を嫌がった。それでもユナはまだ親のように優しく、安らかな微笑みを浮かべたままだった。


 ふと馬車の車輪が回る音に埋もれかけた、腹の虫が鳴く声が、二人の耳に入ってきた。


 どうやら少年が飼っているようだった。


「おや、空腹かね君」

「す、すいません」

「いやいやいいよ。君。まだ目を覚ましてから何も食べてないんだろ? それにしても……なんか君って呼ぶのも嫌だなぁ」


 するとユナは元気のなかったシンディの方を指さした。


「そうだ。とりあえず彼に名前を付けよう」

「ええ? 迷子の子犬拾ったわけじゃないんですから、そんな簡単につけていいんですか?」

「いいだろ? 君呼ばわりするよりも断然気楽だ」


 これに対し、少年は首を縦に振った。


「よろしくお願いします」

「よし、本人の許可も得た。といっても、とりあえずの名前ってことだからね。本当の名前がわかるまでの一週間、つけた名前で呼ばせてもらうだけだから。名前が分かり次第、ちゃんと本名で呼ぶからね」


 ユナはそう説明した。これに対し少年はもう一つ頷いた。これを見たユナは何か手ごたえがあったのか、不敵に笑みをこぼした。


「よし、君はよく頭をペコペコ下げるから、『礼』! 『レイ』と呼ぼう!」

「失礼では!?」

「いいじゃん『レイ』で。この顔に合ってるって」


 二人が話していると、レイと名付けられた少年はおろおろとし始めた。何か訴えたいようだが、何を訴えようか、そしてどう伝えようかに困っているようだった。


「おや? レイじゃ不服かい?」

「いや、とってもありがたいんですけど……まだお二人の名前を知らないので……」


 少年の注文に二人は顔を見合わせてから、確かにそうだ、と頷き、正面に座る彼に向き直った。


「自己紹介、まだだったね。悪かったわ。んじゃ、君からどうぞ」


 指名されたシンディは、肩に力が入っていくのが目に見える程、緊張している様子を見せた。


「わ、私はシンディ・フォックスです! 種族はヒトで、バラキーア国立愨能学校中等部出身です! あ、でも先週卒業式しました! で、【愨能】は……」

「おいおい、記憶もない子にそんなこと言っても分からないだろ。簡単に、簡潔に伝えなさいな。社会人の基本だぞ?」

「ああ確かに……! と、とにかくよろしくお願いします! レ、レイさん!」

「あ、あぁ……の、よろしくお願いします。シンディさん」


 互いに戸惑いながら、少年は少女の方に向き直って一礼した。


「私はマリア・ユナ、有名人」

「はしょりすぎでは!?」

「まあいいだろ、これぐらい簡潔で。よろしく頼むよ、レイ!」

「こちらこそよろしくお願いしますシンディさん、ユナさん……。素敵なお名前も、ありがとうございます!」

「とにかく、君の帰る場所がわかるまで私とシンディの二人で君の世話をする。世界一の贅沢だと思えよ!」


 すると世話役に任命されたシンディのお腹からも腹の虫が、そしてそれに挨拶するようにユナの腹の虫も鳴った。


「そういえばお昼を食べずにこっちに来たんだ」

「わ、私も……あ! そうだ! もしよかったら家でご飯作りますよ! ちょうど今日じゃがいもを貰ったのでそれを使ってなにか!」

「おお! それは(会議等面倒事の出席や書類整理そしてメイドに文句言われなくて済むため)最高だね! ぜひご馳走させてもらおう!」


 するとレイと名付けられた少年が申し訳なさそうに手を挙げた。


「でも、家の中泥だらけじゃないですか? このままだと料理は作れないと思うんですけど……」

「あっ! すっかり忘れてました! じゃあ、外食にしますか?」

「えー、(外食をすると住民から通報され会社にサボっていることがチクられてしまうため)シンディの手料理食べたいー」

「分かりましたよ……。とりあえず、近くの商店に行って、そこで買い物していきましょう。野菜は洗えばなんとかなるんで、調味料とかお肉とか」

「うむ! 楽しみ! 私シンディの手料理大好き! よかったねえレイ! シンディの手料理が食べられるなんて、ほんッと幸せモンだからね!」

「アハハ……、ありがとうございます……」


 そう言って彼はまた一礼した。

 はっきりとした彼の癖に、シンディとユナは笑顔を取り戻した。




 ――――――――


 色の違うレンガ造りの建物の隙間のことを、『ドゥルヒシュピ・レーン』と呼び始めたのは―――、『こいつ』のような、表立って社会の中で生きていけない者たちである。


「そろそろ、子どもたちの遊ぶお時間……だねぇ? 宿題終わったかな? おうちにずっと閉じこもっているのに飽きたかな? ママに怒られてばっかりで嫌になっちゃったかな? そうしたら、友達とお外で遊びたくなっちゃうよね? お部屋を飛び出して、元気に駆け回りたくなるよね? さあ、どんどんと外に出ておいで。僕が永遠に『遊べる場所』に連れてってあげるからね…………ウヒェヘヘヘヘヘヘ…………」

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